九州大学(九大)は6月18日、化石として残りやすく、これまで地球と生命の歴史に関する研究において大きく貢献してきた、大きさ0.1~0.5mmの海洋性動物プランクトンである「放散虫」の化石を岩石から抽出するため、これまでは人体や環境に害のある毒物「フッ化水素酸」が用いられてきたが、同酸と比べて格段に取り扱いが容易な低濃度(4%)の「水酸化ナトリウム溶液」を用いて、岩石の「チャート」から放散虫の化石を取り出す手法を開発したと発表した。
同成果は、九大大学院 理学研究院の尾上哲治教授らの研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
地球と生命の歴史は、これまで地層中の化石を中心に調べることで研究されてきた。化石にもさまざまな種類があるが、その中でも大きさが数mm以下の「微化石」は、地層が堆積した年代を決定することに利用される重要な化石だ。放散虫は、珪酸からなる骨格を持つため微化石になりやすく、同生物が最初に登場したカンブリア紀(約5億4200万年前~約4億8800万年前)のころから現代まで、広い時代の地層から産出する。そのため、カンブリア紀以降の地層の年代決定において特に重要とされている。
地層を構成する岩石中から放散中の化石を取り出すため、これまでは岩石に対して強い腐食性のあるフッ化水素酸が用いられてきたが、同物質は毒物および劇物取締法において「毒物」と定められており、法令により厳しい管理と使用方法が求められる。著しく反応性の高い薬品であり、健康上の問題も多く報告されている。このような毒物を利用することから、放散虫化石の抽出にあたっては、これまで必ず高排気量のドラフト内で保護メガネ、防毒マスク、耐薬エプロン・手袋を装着した上で作業を行う必要があった。つまり、安全対策を十分に採ることができる限られた研究機関でしか、放散虫化石を抽出できないことが課題となっていたのである。そこで研究チームは今回、フッ化水素酸を用いずに、より安全かつ効率的に放散虫化石を岩石中から取り出す方法の開発を試みることにしたという。
今回の研究で、フッ化水素酸の代わりに着目されたのが、「苛性(かせい)ソーダ」の名称でも知られる水酸化ナトリウム溶液。実は、同溶液もまったく安全というわけではなく、濃度が5%を超えてしまうと毒物および劇物取締法の劇物に該当する。逆をいえば、5%を超えない低濃度であれば、劇物や毒物の対象とはならないため、扱いやすいといえる。
そして水酸化ナトリウム溶液の効果を調べるため、三畳紀(約2億5200万年前~2億100万年前)の放散虫研究でこれまで多用されてきた、同生物の化石を大量に含んだ岩石であるチャートが用いられた。なおチャートとは、二酸化珪素を主成分とする、硬く緻密な珪質堆積岩の総称であり、放散虫の死骸が深海底に降り積もってできた岩石。日本各地から産出するが、今回は岐阜県坂祝町の木曽川河床から採取されたものが用いられた。そして、水酸化ナトリウム溶液のチャートに対する溶解度は、温度の上昇と共に著しく増加することがわかったという。
続いて、放散虫化石を取り出すために最適な試料量、温度、濃度、反応時間についての検討が行われた。すると、4~8mmサイズに砕いた5gのチャート試料に対し、4%の水酸化ナトリウム溶液を100℃において3日間加熱することで、大量の放散虫化石を得ることに成功したとする。フッ化水素酸を用いた方法と比べて岩石中から放散虫の抽出量が多く、また骨格の細部まで非常によく保存された個体を得られることも明らかになったとした(フッ化水素酸は珪酸に対する強い腐食性があるため、放散虫の化石にも影響を与えてしまう可能性がある)。
4%の水酸化ナトリウム溶液は、毒物および劇物取締法には該当しないため、従来のフッ化水素酸に比べると格段に取り扱いが容易となる上に、低コストである点も優れた点。水酸化ナトリウム溶液は中等教育現場でも利用される薬品であることから、今後は今回の手法を用いることで、教育現場でも放散虫化石を教材として利用できるようになることも期待されるという。また、上述したようにチャートは、日本全国に分布する岩石であり、地域に根差した教材として利用するのにも適しているとする。さらに、資源探鉱や地質調査業界といった産業においても、放散虫化石を地層の年代決定や環境解析ツールとして利用できるようになることが考えられるとしている。