「今の世の中は情報が氾濫しており、何が本当にいいものなのか、見極めるのが困難な時代」と話すのは大和証券グループ本社社長の荻野氏。コロナ禍を経て、世の中のデジタル化が進展、資産運用の世界でもネット証券が活況。しかし、「対面のニーズはなくならない」と荻野氏。より信頼できるコンサルタントへの相談は増えると見る。一方で、自社のスマートフォン特化型証券会社の使い勝手の強化にも余念がない。荻野氏が進める戦略の姿とは。
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DXを活用して顧客の利便性を高める
─ 政府が「資産運用立国」を掲げ、2024年からは「新NISA(少額投資非課税制度)」も始まるなど、資産運用への注目が高まっています。その中での社長就任ですが、抱負を聞かせて下さい。
荻野 お客様や株主・投資家の皆様から「大和証券が最も信頼できる」と思っていただける会社にしていきたいです。社長就任時の社内放送では、「お客様から大和が好きだと言ってもらえるような会社を目指そう」と社員に向けて話をしました。「大和が好きだということは、大和の社員のことが好きで、大和の社員を信頼しているということ。そう思われるような会社になるように頑張りましょう」というメッセージを込めて発信しました。
─ 非常に変化の激しい時で、時代の変わり目とも言えますがデジタル、ネットへの取り組みはどのような形で進めていきますか。
荻野 従前からデジタル戦略を積極的に進めています。例えば、大和証券では昨年4月から全社員が生成AI(人工知能)の「ChatGPT」を使えるようにしました。なお、生成AIを使う以上、ガバナンスも必要です。ChatGPTを活用して得られた情報をお客様に提供する際には、必ず社員自身の目でも再確認するなど、フィルターをかけるというルールを整備しました。
また、AIの開発や利用に関するガバナンス態勢の構築を目的に、グループ全体に適用する指針として「大和証券グループ AIガバナンス指針」を策定するとともに、 統制する機関である「グループAIガバナンス委員会」を設置しました。
これまでの我々のDX(デジタルトランスフォーメーション)は、社内手続きの効率化などを中心に進めてきました。確かに、お客様にとっても便利になった部分はあるかと思いますが、お客様目線で見た時には、まだまだ不十分です。何が便利になり、何が変わったのかを、お客様には十分にお伝えできておらず、新たな中期経営計画の期間では、これまで社内で培ってきたノウハウなどを、お客様にも感じていただける形にしていきたいと思っています。足元では子会社のFintertech(フィンターテック)において、お客様からの問い合わせに応対するAIオペレーターをこの4月から導入し、お客様からは好意的な反応をいただいております。今後は事業の中心である大和証券での活用についても検討しております。
リの使い勝手向上
─ 資産運用が時代のキーワードになる中、高齢の富裕層のみならず、若い世代を取り込むことも重要だと思います。そこに向けての大和証券の取り組みを聞かせて下さい。
荻野 これまで投資をしたことがない若い世代の皆様には、スマートフォン特化型証券の「大和コネクト証券」をぜひ利用していただきたいです。大和コネクト証券はアプリの使い勝手、いわゆるUX(顧客体験)の外部評価ランキングで2年連続1位となりました。私自身も当然使っており、手前味噌ですが、非常に使い勝手がいいと思っています。
現在では、ユーザーにとっての使い勝手の良さに加えて、様々な企業との提携を通じたポイント運用サービスやクレジットカード決済の機能を充実させており、提携先企業の皆様にも、大和コネクト証券を使っていただけるような仕組みづくりを進めています。その結果、足元では着実にユーザー数が拡大してきています。
─ 非常に手応えを得ることができていると。
荻野 そうですね。口座数は着実に増えてきていますが、これで十分かというとまだまだです。もっと伸ばしたいと思っています。
─ SBI証券や楽天証券、マネックス証券などのネット証券との違いをどう意識していますか。
荻野 すでに、日本株の売買手数料を無料にしているネット証券もありますが、大和コネクト証券でも、手数料無料クーポンを活用することで、月に10回まで、日本株の売買手数料はかかりません。大和コネクト証券のお客様の内、95%以上のお客様は日本株の売買手数料が無料で取引されており、他のネット証券とほぼ変わらない状態になっています。
手数料の面での差別化は難しく、やはり使い勝手の良さなど、機能面で訴求することが重要になります。大和コネクト証券では、大和証券が主幹事を務めた際に引き受けるIPO(新規株式公開)の株も、一定比率申し込むことができるようになっており、他のネット証券とは少し違う部分だと思います。
─ ネット時代、AIと人との関係が時代のキーワードですが、証券会社における「人」の役割をどう捉えていますか。
荻野 私は対面のニーズはなくならないと思っています。コロナ禍を経て、バーチャル技術が大きく発展した一方で、野球場のように人が集まる所には、変わらず人は集まります。バーチャル化が進む中で、リアルを追求するニーズは変わらず存在するのです。
株などの有価証券取引でも、単純な売買はネットで行うのも選択肢かもしれませんが、やはり大きな資産に関する相談となった場合には、信頼できるコンサルタントと話をしながら決めたいというニーズはあると思います。
今の世の中は情報が氾濫しており、何が本当にいいものなのかを見極めるのが困難な時代です。フィッシング詐欺なども増えている中で、やはり慎重にならざるを得ないのではないかと思います。
─ 新しいテクノロジーを入れながら、適切に対応していくということですね。ところで、提携戦略についてお聞きします。5月にあおぞら銀行、かんぽ生命保険との提携を相次いで発表しましたね。どのようなスタンスで臨みますか。
荻野 5月に立て続けに、あおぞら銀行様、かんぽ生命保険様との提携を発表しましたので、急加速したように思われていますが、これは以前から異なる時間軸で準備し、たまたまタイミングが重なった結果です。
当社がパートナーとして選ばれるというのは、日頃から様々な企業とお付き合いがあり、我々がそうした提携の話が来た際に対応できる準備が整っていたからだと思っています。
私は2010年に経営企画部長になってから、この14年間、大和証券のインオーガニック戦略には、ほぼ全てに関与しています。そうした中で積み上げてきた経験やノウハウがあり、今後も、今回の提携のような機会があれば、逃すことなくしっかりと着実に進めていきたいと思います。
今後を睨んで部門再編を実行
─ 足元で大和証券の預かり資産は約91兆円ですね。新たに始まった中計の中では、どういう水準を目指していますか。
荻野 新たな中計期間では120兆円を目指しています。
─ 産業界の多くの企業は成長機会を求めて海外に出ていますが、大和証券はどのように進めていこうと?
荻野 昨年度の1745億円の経常利益のうち、海外事業の利益は約200億円、1割強という水準です。海外事業自体は8年連続で黒字となっています。
証券市場はグローバルにつながっています。国内を大きくすれば、必然的に海外も大きくなると認識していますから、チャンスを見ながら、機会があれば投資などの強化策を打っていきたいと思っています。
─ 地域としてはアメリカ、欧州、アジアの中でどこに重点を置いていきますか。
荻野 成長が期待できるアジア、マーケットが大きいアメリカはターゲットになります。一方で、M&A(企業の合併・買収)ビジネスにおいては、欧州でも活発に行われております。
当社のグローバル戦略での特徴の一つはM&Aです。ミドルキャップ(中堅規模)のマーケットでは、グローバルで10位以内を目指していますが、米州、欧州、アジア、いずれの地域でも満遍なく、ビジネスを拡大できる余地があるのではないかと思っています。
─ 改めて、今回打ち出した新たな中計の骨子を聞かせて下さい。
荻野 今回の中計では、セグメントを4部門から3部門に再編しています。新しい部門の1つは、今まで「リテール」と呼んでいた個人営業部門を中心とする「ウェルスマネジメント部門」です。もう一つは、証券アセットマネジメント、不動産アセットマネジメントに従来の投資部門を加えた「アセットマネジメント部門」です。
そして3つ目が「ホールセール」と呼んでいた法人部門を改称した「グローバル・マーケッツ&インベストメント・バンキング部門」です。
─ 例えば、リテール部門とウェルスマネジメント部門ではどういう部分が違っていますか。
荻野 新たなウェルスマネジメント部門には、大和証券の旧リテール部門だけでなく、大和ネクスト銀行、大和コネクト証券、フィンテック事業等を手掛けるFintertechも入っています。
そして担当役員を付けて、横串で連携を強めていきます。今までも大和証券と大和ネクスト銀行との連携は行っていましたが、よりその連携を強めていくことを考えています。
また、アセットマネジメント部門では、証券アセットマネジメント、不動産アセットマネジメントに加え、従来の投資部門をオルタナティブアセットマネジメントと位置づけ、新たに組み入れました。これまで自己投資が中心だった投資部門ですが、自己資本の規制上、自己投資だけでは限界があります。今後はトラックレコードをつくってファンド化し、外部投資家の資金を募ることで投資規模を大きくしていくことを検討しています。アセットマネジメント、資産管理の分野で着実に利益を上げていくビジネスに切り替えていくことを、今回強く意識しました。
バブルの天井奪還に34年2カ月を要す
─ 荻野さんは1989年の入社ですから、日経平均株価がバブルの天井を付けた年に証券業界に入ったわけですね。
荻野 そうです。おっしゃるように私は平成元年、1989年入社で、入社してすぐに当時の日経平均株価の史上最高値、3万8915円を付けました。しかし、それ以降株価は下落を続け、戻るまでに34年2カ月かかりました。
実際には構成銘柄が大きく入れ替わっているので厳密には比較できませんが、それでも34年2カ月かけて過去の高値を更新したということは、いよいよバブルのトラウマがなくなることだと考えており、心理的にも非常に大きいことだと思います。
日本が低迷していた30年もの間、米国株式市場は10倍以上上がり、経済も大きく成長してきました。
米国では、いち早くリスクマネーを成長分野や新しい企業に回す仕組みが整備されてきた結果だと思います。一方で日本経済は低迷していたので、そうした分野にあまりお金が回って来ませんでした。今、日本もバブル期の最高値を超えたことで、エクイティという部分に関して、資本主義のあるべき姿に近づいていくのではないかと感じています。
─ 最近、金融機関で理系出身社長が増えていますが、傾向があると思いますか。
荻野 いえ、ないと思います。ただ、私が入社した頃は、メーカーではなく金融機関に入る理系出身の学生が増えたと言われた時代でした。当時、某週刊誌が、新入社員研修の取材に来たことがありました。タイトルが「メーカー離れする理系学生」で、私が写真に写っていましたね(笑)。