北海道大学(北大)と福岡大学は6月17日、約1億年前(白亜紀中期)のミャンマーから産出したアリの化石種「ゲロントフォルミカ・グラキリス」(Gerontoformica gracilis、以下、ゲロントフォルミカと省略)の微小な感覚器官を詳細に解析し、最古の化石アリ類が発達した化学コミュニケーションシステムや社会性を獲得していたことを明らかにしたと共同で発表した。
同成果は、北大大学院 理学院の谷口諒大学院生、同・大学院 理学研究院の伊庭靖弘准教授、福岡大 理学部 地球圏科学科の渡邉英博助教、アメリカ自然史博物館のデイヴィッド・グリマルディ教授、北大 グローバルファシリティセンター/薄片技術室の中村晃輔技術専門職員らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米国科学振興協会が刊行する「Science」系のオープンアクセスジャーナル「Science Advances」に掲載された。
現在の地球上には2京匹を超えるアリが存在し、その総重量はヒトにも匹敵すると推定されている。現生のアリ類は、ほぼすべての種が発達した社会性を有しており、それを支える重要な基盤がさまざまなフェロモンを利用した複雑な化学コミュニケーションシステムだ。
アリの化石記録は約1億年前の白亜紀中期まで遡ることができ、これまで、それらを活用してアリの洗練された社会性の起源や進化を解明するための研究が試みられてきた。しかし、コミュニケーションや社会性の存在を示す主要な証拠(行動・血縁関係・情報伝達シグナルなど)は化石として保存されないため、これまでは絶滅した祖先的なアリのコミュニケーション様式や社会システムを詳細に復元できていなかったという。
そこで研究チームは今回、アメリカ自然史博物館に収蔵されている北部ミャンマー産の白亜紀の琥珀に保存されていた、現在知られている中で最も古いアリ化石種であるゲロントフォルミカ3個体分の化石を用いて、初期のアリの生態・進化を議論することにしたとする。
アリの触角に存在する微小な感覚器官である「感覚子」を観察するため、触角化石を含む厚さ100~200マイクロメートルの琥珀プレパラートが作製された。加えて、触角上での感覚子の分布を明らかにするため、新たに「回転可視化法」が開発され、一度作製されたプレパラートを90度回転して再度プレパラート化が行われた。作製された琥珀プレパラートは、共焦点レーザー顕微鏡を用いて高倍率による観察が行われた。さらに、現生種のアリの触角感覚子が、走査型電子顕微鏡で観察され、化石アリの感覚子との比較が実施された。
その結果、ゲロントフォルミカの触角上には多数の感覚子が精細に保存されており、現生種が持つ5種類の突起状の感覚子のうち、少なくとも4種類が同化石種にも存在していることが確認されたという。
確認された感覚子のうち、「湾曲毛状感覚子」は全昆虫の中でもアリ類だけが独自に進化させたものであり、警報フェロモンに応答することが現生種の研究から示されている。白亜紀のゲロントフォルミカは、このアリ固有の湾曲毛状感覚子をすでに獲得していたことから、フェロモンによる警報シグナルをコロニーの仲間と送受信していたことが考えられるとした。
また、アリ類の錐状感覚子は触角上において背側と内側に偏って分布しており、体の表面に存在するフェロモンを探知することで、コロニーメンバーを識別する役割を担っていることがわかっている。これは、巣の仲間と部外者を見分けるために必要な機能であり、社会形成において極めて重要とされる。ゲロントフォルミカでも現生種と同じように錐状感覚子が存在し、かつ触角の背側と内側にのみ分布していることが回転可視化法により解明された。このことは、同化石種がフェロモンを介した巣仲間識別システムを利用していたことが示されているとしている。
以上のように、ゲロントフォルミカは1億年も前の最古の化石アリでありながら、現生種と共通した触角感覚システムをすでに進化させており、アリ類が進化的最初期の段階から複雑なフェロモンコミュニケーションと社会システムを獲得していた可能性が突き止められた。
今回開発された手法は、琥珀内の微小な構造をあらゆる方向から観察可能とするものであり、琥珀に保存された極めて状態の良い化石の詳細な形態解析を通して、さまざまな絶滅生物の生態・進化の解明に貢献することが期待されるとしている。