東京工業大学(東工大)は6月14日、好熱菌「Thermoplasma acidophilum」(Ta)由来の生体触媒の1つである「リンゴ酸酵素」(ME)である「TaME」を用いて、(気体の)二酸化炭素(CO2)を有機分子に固定する新反応を開発したと発表した。
同成果は、東工大 生命理工学院 生命理工学系の松田知子准教授、同・奥悠莉大学院生の研究チームによるもの。詳細は、[米国化学会が刊行する化学に関する全般を扱う学際的な学術誌「JACS Au」に掲載された。(https://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacsau.4c00290)]
近年、脱炭素に貢献する技術の1つとして注目される「CCU」(CO2の回収・有効利用)は、発電所や工場から排出されたCO2を分離・貯留し、さらに炭素源として有効利用する取り組みだ。CO2の活用方法として、CO2を有機分子にカルボキシ基として固定する反応の開発が望まれている。しかし、CO2の化学的特性により、従来の化学的なカルボキシル化反応の多くは激しい条件を必要とし、エネルギー効率や安全性に関する課題を抱えていた。
それに対し、生体触媒(生体内の反応を触媒するタンパク質)を用いれば、穏やかな条件下でCO2固定化反応が進行すると考えられていた。生体触媒の1つであるMEは、ピルビン酸とCO2の反応を触媒してリンゴ酸を生成する酵素だ。そこで研究チームは今回、通常のMEではなく、好熱菌由来の生体触媒であるTaMEに着目したという。
これまでの研究では、MEを用いたCO2固定化反応において、天然の基質であるピルビン酸以外の基質を用いる反応は報告されていなかったとのこと。今回開発されたTaMEを触媒に用いたCO2固定化反応では、まずTaMEの天然の基質であるピルビン酸をモデル基質として、気体のCO2をCO2源とするカルボキシル化反応の至適条件が検討された。その結果、最初に、CO2を水に溶かした溶媒に、ピルビン酸、TaME、補酵素(酵素反応に必要な有機化合物で、ここではNADPHという化合物)のみを加えても反応はほとんど進行しなかった。
しかし、補酵素を再生する補助的な反応であるThermoplasma acidophilum由来のグルコース脱水素酵素(TaGDH)とグルコースによる補酵素再生反応を利用すると、37℃・0.1MPa(常圧)下という穏やかな条件で、72%の収率でピルビン酸とCO2からリンゴ酸を合成できることが確認されたとした。
次に、天然の基質のみならず、非天然の基質に対してもこの反応の適応範囲を広げるための前段階として、カルボキシル化反応よりも簡単に進行する脱炭酸反応のTaMEの基質特異性が検討された。種々の有機酸が試された結果、天然基質のリンゴ酸に比べ、非天然基質の「イソクエン酸」に対し、約1.9倍の活性が示されたとしている。
さらに、それらの化合物がどのように酵素を結合するかについて、コンピュータシミュレーションによる予測を実施。すると、TaME中の「Thr46」がイソクエン酸と特異的に水素結合を形成し、これはリンゴ酸では見られないことが見出された。これにより、Thr46が基質特異性に重要な残基であることが示唆されたという。
最後に、非天然の基質である「α-ケトグルタル酸」からイソクエン酸へのTaMEによるカルボキシル化反応が検討された。その結果、TaGDHによる補酵素再生反応を利用すると、37℃・0.1MPa(常圧)のCO2下でイソクエン酸の合成が確認され、初めてTaMEによる非天然基質のカルボキシル化反応に成功したとする。
反応性の乏しいCO2を化成品に変換するには、高エネルギーが必要な場合が多く、そのことが技術開発における課題となっている。そのことから今回の研究成果は、CCUの発展に寄与できるという。さらに生体触媒を利用するため、水のみを溶媒とする反応であり、高温(高エネルギー)や有機溶媒などを必要としないことに加え、バイオ由来の触媒や原料とCO2から食品、医薬品に限らず、樹脂の材料などを製造するバイオものづくりへの活用も期待されるとした。
研究チームでは現在、TaMEの基質特異性決定に重要な残基であると示唆されたThr46を違うアミノ酸残基に変異させ、基質の適応範囲を拡張することを検討中だという。さらに、生体触媒の工業利用のために、酵素の再利用を可能とし長期間の利用に耐えるための安定性を獲得させ、フロープロセスも検討していく必要があるとしている。