大企業商品の常識を壊す! アサヒビールの〝脱均一〟商品戦略

「目指すのは差別化ではなく独自化」と語るのは、アサヒビールマーケティング本部新ブランド開発部担当課長の山田秀樹氏。競合他社の後塵を拝しているRTD領域で、他社との差別化ではなく、世の中にない独自化商品の開発を進めてきた同社。人も社会も多様化が進む中、商品の均一化ではなくむしろ個体の違いに価値づけを行う。『未来のレモンサワー』は世界初で、日本発のこれまでにないRTDとなる。時代のニーズをとらえた様々な仕掛けがされた新商品戦略とは。

差別化ではなく独自化 サワーに〝出汁効果〟?

 アサヒビールは6月からRTD『未来のレモンサワー』を本格販売する。同製品はアサヒのヒット商品『生ジョッキ缶』をサワー製品にも応用できないか考えたところからスタート。フルオープンの蓋を開けると不思議なことにレモンスライス1枚が浮き上がってくる。一体どんな仕組みなのか─。

 種を明かすと、乾燥させたレモンを浮かべた状態で缶詰めし、缶の中でレモンが液体を吸い、味も香りも液体に移りながら缶の底に沈んでいく。乾燥レモンの旨味がじわじわと染み出す〝出汁効果〟を狙ったもの。蓋を開けると、炭酸の気泡で沈んだレモンが上に上がってくるという仕組み。開けた時にレモンが崩れた状態になっていないよう、形状維持のために砂糖コーティングがされているため、レモンはそのまま食べても安全で、美味しい仕様になっている。

 五感を刺激する仕掛けがされており、「実は蓋を開けた時のプシュッという音を意図的に他の製品よりも大きくしている」と話すのは同社マーケティング本部新ブランド開発部担当課長の山田秀樹氏。目で見て楽しく、レモンの食感があり、耳で音を聞き、レモンの香りがする─これらをすべて実現させるために3年半骨を折った。

 昨年5月からのテスト販売で消費者の反応は、『面白い!』『本当にレモンが入ってる!』といったもの。

「消費者からの反応、言葉の質がこれまでとは全く違う。われわれは果汁の量や味を微差で競う差別化ではなく、全く異なるジャンルの製品として独自化を目指した」と山田氏。

 希望小売価格は271円(税別)で、他RTD製品の平均価格が約150円前後とすると1.8倍ほどの開きがある。高付加価値が市場に受け入れられるかが勝負となる。

RTD市場の伸び

 国内RTD(Ready To Drink)の市場は10年で2倍以上に成長している中で、製造メーカー各社の競争は長らく続いている。特に日本ではレモンサワーの人気が高く、棚に並ぶ商品数も多い。食中酒としてすっきり甘くないのがトレンドで、各社続々と新レモンサワーを開発・リニューアルを続ける。

 現在大手ビール会社がシェアを争う状況下、トップを走るのはサントリー。同社は「RTDで世界一を目指す」とし、国内だけではなく米国市場やアジア・オセアニア市場を拡大予定。同社製品『−196(マイナスイチキューロク)』は2023年実績で3880万ケースを売り上げ、その他1000万ケースを超えるブランドを複数持つ中で海外への積極展開を進める。キリンは『氷結ブランド』が根強い人気を誇り、別ブランド含めレモンサワーだけでも5種類を展開。同製品は2023年豪州、NZでも販売を開始し、海外での氷結ブランドの強化を図る。

 その中でアサヒビールは、ビールは首位だがRTD領域に関して大きく後れを取っていた。

「今回の新商品でそこに一石を投じたい」(山田氏)─。

 本商品は現在の市場にはない世界初のレモンスライス入りRTD製品。これまで同じことを思いついた人はいただろうが、製品化にはいくつものハードルがあり、人的・時間・コストすべての先行投資を考えると実現が難しいと考えられていた。

 缶の中に固形物が入ると飛躍的に品質保証のリスクレベルが上がる。そのため、缶詰めするまでにいかに無菌状態にするかが重要となりこれが極めて難しい。莫大なコストを要するため、他社の追随は容易にはできないだろうと同社はみている。

 防腐剤フリーのレモンの調達から、この製品専用の製造機械も0から開発。通常のRTD商品開発期間は1年~長くて2年以内のところ、同製品は一つ一つ課題をクリアしながらトータル3年半という製造期間がかかっている。同社のRTD領域の商品では大きな賭け商品だ。

脱均一!違いを価値に

 商品の独自性だけでなく、連動したマーケティングの仕掛けがされている。大企業の製品は品質や量、味、形が均一のものを大量生産するのがこれまでの常識であり、カスタマーからもそれを求められていた。しかし同製品はそうではなく、一つ一つ違うことに価値づけを行う。

 具体的にはまずスライスレモンの品質が違う。種が入っているかどうかも商品による、本物の果実をスライスしているため大きさにも微差が出る。そしてレモンの浸漬期間によって先述した出汁効果の濃淡が生じ、手に取る商品ごとに香りや味わいも熟成具合で変わってくる。さらには、中身だけではなく見た目にも訴えかけ、缶のデザインは2種類8パターンで展開。消費者が手に取るたびに、同じ商品だが若干違う商品を楽しんでもらうことに価値をおく。

「いまの生活者は、均一画一よりも個性のある品質を求めている。ターゲット層は新しいものを取り入れたい人、予定調和は嫌いだという人。年齢や性別よりも、境遇を重視している」(山田氏)。人々の価値観が多様化する現代社会では、画一よりも個性に重きをおく風潮がある。

 世代やボリュームゾーンではなく、個人の境遇に焦点を当てるというのは、今後ますます進むとされている多様性と人口減の中でパイを広げる一つの視点かもしれない。

 同社の松山一雄社長が24年の事業方針説明会でも語った「お客様のわくわく」を具現化した新商品は、一石を投じる商品となるか─。市場の評価が本格的に始まる。