宇宙航空研究開発機構(JAXA)は6月14日、超大質量ブラックホール(SMBH)の形成において、複数のSMBHが合体するまでのタイムスケールは、理論的には宇宙年齢に匹敵するとされており、現実と矛盾する「ファイナルパーセク問題」とされていたが、今回観測された「1型セイファート銀河」の「SDSS J1430+2303」(以下「今回のセイファート銀河」)は、その中心のSMBH同士が今後数年以内に合体する可能性があることが示唆されている特異的かつ希少な天体であることから、京都大学「せいめい望遠鏡」の分光装置「KOOLS-IFU」を用いて同銀河を1年にわたって分光観測したところ、複雑化した水素原子が放射する輝線の1つである「Hα輝線」(630~680nm、中心波長656.3nm)の起源を明らかにしたと発表した。
同成果は、東北大大学院 理学研究科の星篤志大学院生(JAXA 宇宙科学研究所(ISAS) 宇宙物理学研究系所属)、ISAS 宇宙物理学研究系の山田亨教授(東北大大学院 理学研究科兼任)の研究チームによるもの。詳細は、日本天文学会が刊行する欧文学術誌「Publications of the Astronomical Society of Japan」に掲載された。
宇宙において銀河の衝突合体はありふれており、そこかしこで観測される。銀河の合体により、それぞれのSMBHもお互いに引きつけ合うが、実はすぐには合体しない。これは、両者はある程度まで接近するものの、共通重心を回り始めてしまうからであり、そうしてSMBHのバイナリが形成される。
今回の観測対象とされた1型セイファート銀河とは、明るい中心核と通常の銀河と明らかに異なる「連続光」(ある範囲でどの波長も一定の強度があるスペクトル(輝線ではない))や輝線を示す銀河のことを指す。幅の広い輝線と狭い輝線が見える1型と、狭い輝線のみの2型に分類される。
今回のセイファート銀河は、SMBHに大量の物質が降着することで、非常に明るい連続光が生成されており、その連続光によって照らされた原子や分子、イオンがさまざまな領域から輝線を放射していることが観測されている。SMBHがバイナリを形成している可能性のある兆候の1つに、準周期的な光度変動がある。これは、2つのSMBHが軌道を周回することで降着する物質の量が変化し、結果的に放射される光の量が変化するために怒るものだ。今回のセイファート銀河で観測された光度変動周期の減衰は、バイナリ軌道の周期が短縮していることでSMBHが合体するまで数年以内ということが示唆されている。
今回のセイファート銀河は、2004年にアメリカに建設された口径2.5mの望遠鏡で行われた、可視光による最大規模の撮像分光観測サーベイの1つ「スローン・デジタル・スカイ・サーベイ」(SDSS)によって観測された銀河だ。その際に分光されたHα領域のスペクトルの分析から、1型セイファート銀河の典型的な特徴が確認された。
しかし、近年になってHα輝線が活発化し、同輝線は他に例を見ないほど複雑に広がったスペクトル(Central broad componentおよびDouble-peaked component)を示すことがわかったとのこと。そこで研究チームは今回、それらの起源を明らかにするため、国内最大の主鏡3.8mを持つせいめい望遠鏡を用いて、フォローアップ観測を1年に4度実施したとする。
今回の研究では、複雑なHα輝線が放射される領域を特定するため、連続光の変動の時間差が利用された。光の伝達速度(約30万km/s)が存在することを考慮すると、輝線と連続光の変動の時間差から放射源のおおよその位置を推定することが可能だという。その結果、連続光に対して有意な変化が示されたCentral broad componentは、連続光源から離れた位置から放射されていることが示されたとしている。
一方、Double-peaked componentは観測期間を通じて有意な変化がなく、これはSMBH近傍から放射されていることが示されているとする。つまり、Central broad componentは1型セイファート銀河で観測できる幅の広がった輝線と同じ領域であることが明らかになり、Double-peaked componentはCentral broad componentより内側に存在する降着円盤が起源である可能性が示されたとした。
研究チームは今後、さらに複雑なスペクトルが変動を起こす可能性もあることから、継続して今回のセイファート銀河を観測することで、SMBHの合体に関する新たな知見を得たいと考えているとしている。