奥村幹夫・SOMPOホールディングス社長「自分達の価値基準、足元を見直す。不退転の覚悟で会社を変えていきたい」

「外部環境の変化に、我々がついていけていなかった」─。こう反省の弁を述べるのは、SOMPOホールディングスCEOの奥村幹夫氏。「ビッグモーター問題」では契約者の不利益を招き、前会長、損保ジャパン社長が辞任する事態に発展。それを受けてCEOに就任した奥村氏は「変えるべきは変え、捨てるべきは捨てる」と厳しい表情を見せる。不祥事からの再生の道筋は─。

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事業モデルが環境変化についていけていなかった

 ─ ビッグモーター問題、価格調整問題を経て、グループCEO(最高経営責任者)に就任したわけですが、今後の基本方針を聞かせて下さい。

 奥村 2年前にCOO(最高執行責任者)に就いた時と、外部環境の認識はそれほど変わっていません。地政学リスクの高まり、コロナ禍があってインフレが長期化、デジタル技術やAI(人工知能)の発達とその功罪のようなものも出てきていますが、大きなトレンドは変わっていません。

 一方で、この2年間で露呈したのが、我々SOMPOグループ、損害保険ジャパンの企業文化、事業モデルが外部環境の変化についていけていなかったということです。

 この4月から、お客様や社会、社員からの信頼の回復が何をやるにしても大前提だと話しています。まず、それをしっかりとやっていきたいと思います。

 その上で、先ほど申し上げた大きな外部環境の認識が変わらない中、自然災害の増加、様々なテクノロジーが登場している中、この企業グループのレジリエンス(弾力性)を強化しなければなりません。

 その観点から見ると、やはり海外事業は今でも成長エンジンですが、これをさらに強化していく必要はあると思います。

 ─ 国内事業は人口減少などもあり先行きが厳しいですね。

 奥村 ええ。日本のマーケットを見ると、以前から少子高齢化が進展してきています。我々は長寿の、素晴らしい国で生まれ育ってきたのに、少子高齢化を目の前にして、多くの方が不安を抱えています。

 その中で我々は、微力ながら生命保険会社で「Insurhealth®」(インシュアヘルス=保険機能と健康応援機能を持った事業を表す造語)を持ち、SOMPOケアで介護事業を持っていますから、健康寿命を延ばすお手伝いをし、それでも介護が必要なケースでは、安心してサービスを受けていただけるような世界をつくっていきたい。

 新たな中期経営計画の中では、その考え方を「ウェルビーイング・イニシアティブ」として打ち出しています。生保、介護など、お客様の人生に寄り添っていくような事業体をつくっていきたいと考えています。

 ─ 高齢化の中で、介護事業の重要性はさらに高まっていますね。

 奥村 そうですね。安心の裏側には不安があります。高齢化社会は、長寿社会ですから本来は喜ぶべきことだと思うんです。ただ、ご自身もしくはご家族の健康に対する不安、介護事業が持続的かどうかという不安、そしてその結果としてお金に対する不安という3つの「不」があると思っています。

 ですから、我々はこれを正面から受け止めて、この3つの「不」を取り除いていくことで、多くの方が楽しく、明るく、ポジティブに生きていけるような世界づくりに貢献できればと思っています。

 ─ SOMPOケアの事業ですが、どういったグレードの有料老人ホームに注力していく考えですか。

 奥村 我々はどのグレードも手掛けないということはありません。ただ、多くの方々に介護サービスを提供していくためにも、多くの方に入居していただけるような価格帯の施設、この事業のサステナビリティを高めていきたいと考えています。

 ─ 先ほど成長エンジンということで話をされていた海外事業ですが、今後どのように進めていきますか。

 奥村 人口動態を見て、日本で今後、人口が増えるというのは、私が生きている間は難しいだろうと思っています。

 一方、海外はでこぼこがあっても当面の間、人口は増えていく。そして保険のマーケットも拡大していくというコンセンサスがあります。その意味では、国内での成長、規模の拡大は難しく、海外での成長を進めていく必要があります。

 ─ 地域的には、どこに注力していきますか。

 奥村 やはりアメリカ市場は有望です。保険のマーケットとしても圧倒的に大きく、成長を続けています。ですからどうしてもアメリカを外すわけにはいきません。

 一方で、中期的、長期的にはアジア、インドや中国のマーケットを見ています。人口的にも伸びていますから、中長期的な視点で今、きちんと手を打っておかなければならないと思っています。

 また、ヨーロッパは我々の中では、そこまでビジネスが大きくないので、逆に拡大の余地があると思っています。ただ、ヨーロッパには保険業界の巨人がいますから、彼らと真正面にぶつかるような商品やサービスの展開は難しい。ですから、ヨーロッパ事業は拡大を目指しますが、その方法は考えていく必要があります。

ビッグモーター問題の真因は「現状維持バイアス」

 ─ 今回のビッグモーター問題の総括を聞かせて下さい。

 奥村 ビッグモーターの問題が顕在化し、業務改善命令を受け、業務改善計画を出すことになったのは23年度なのですが、その調査報告書や検査の内容を見ると、その年度に起きたのではなく、その前から様々な「負」が積み重なっていました。

 これはなぜなのだろうと自分の中で考えた時に、マーケットが大きく変わりつつあるということが1つあったと思います。例えば人口も減っていく、自動車の数も減っていくといった外部環境に、我々がついていけていなかったということです。

 商品、またはチャネルなど商品の届け方、そして働いている我々自身の価値観や評価というものを、昭和の時代から平成に拡大をしていく時に、十分に変えきれていなかった。

 これが結果として現場に過剰な負担をかけることにつながりました。そして「何かおかしい」ということはわかっていても、それがなかなか言えないような企業風土もあり、それがどんどん蓄積して、大きな問題となって出てきたと。

 そういう観点からすると、問題の真因は何かと一言で言えば、私自身も含めた、我々の「現状維持バイアス」だろうと、私は総括しています。

 ─ これまで売上高やシェアにこだわってきたと言われていますが、これを見直していくことになりますか。

 奥村 そうですね。海外で仕事をしていた時には、誰も「マーケットシェアを高めよう」という話はしません。そうではなく、例えばインフレへの対応のために、保険の引き受けのキャパシティを減らすことが重要施策になるわけです。

 そうすると毎月、「これだけ減らしました」という報告が上がってきます。会社のリスク、ポートフォリオを考えた時には、ある種目の保険料を減らす施策を取る必要があるわけです。海外メンバーの中でトップラインが増えることに対する価値観はゼロではありません。大事なのは利益の出るものを伸ばす、出ないものは減らすという考え方なんです。

 そうした考え方で運営できている会社がグループの中にあったわけですが、日本の中では、やはりトップラインを伸ばすことが結果として評価される。

 昔は、トップラインを伸ばすことが利益につながっていましたが、今はマーケットシェア、隣の人に勝った負けたという指標になった。それによって評価されるということが染み付いてしまったのです。

 マーケットは自由化が進んでいるわけですから、我々がやるべきこと、やりたいこと、できることをきちんとお客様に提供するという価値観に変わっていればよかったのですが、変えることができていなかったという反省です。

グループ企業で学んだ多様性の大事さ

 ─ 今後は改めて意識の変革が求められると。

 奥村 そうです。例えば、日本の自動車保険は、更改契約が9割を超えており、よほどのことがない限り8割に減ることはないという世界です。

 ところが、私が赴任していたブラジルでは7割くらいで、逆に8割を超えたら注意が必要という感覚です。それは8割以上のお客様が契約更改するということは、保険料が安すぎるからではないかと。

 ブラジルでは、損害率のいい契約のレートを安くしており、更改率7割でも新規契約がどんどん入ってくるのです。損害率のよくない契約は落ちていき、それを拾う保険会社があるという形で全体の市場が回っています。

 一方、日本は代理店さんがしっかりお客さまをグリップしていることもありますが、更改率9割以上ですから、絶対に契約を落としたくないし、維持したい。自動車保険以外も含めて、このような現状を維持したいという意識はおそらく、ビッグモーター問題、価格調整問題につながってしまったのではないかというのが、私の反省です。

 ─ 海外など、自分達と違う仕事のやり方に触れることで、自らを振り返ることができるというのは大事ですね。

 奥村 そう思います。今言われている「ダイバーシティ&インクルージョン」(多様性と包摂)が大事だなと実感した出来事もあります。

 私は旧安田火災に入社したわけですが、当然転勤があります。その辞令は2週間ほど前で、部長に呼ばれて「次はここだから」と告げられる。これが常識だと思っていたんです。

 ところが、同じグループの介護事業会社・SOMPOケアで同じことをやったら、全員が辞めてしまうだろうと思います。それくらい、我々の同じグループの中でも違うんです。

 ですから、外の声を聞く、異なる経験を持っている人と話をすることで、結果的に自分たちと比較して物事を見ることができる。これが大事なのだと思います。

 ─ 自らを見つめ直す機会でもあるということですね

 奥村 今朝も経営会議を開催していたのですが、この半年間は思っていたスピードでは経営ができていませんでした。なかなか前に進むことができず、忸怩たる思いがありましたが、最近はおっしゃるように、一旦止まるきっかけになったのではないかと思っているんです。

 自分達の足元を見つめ直す、価値基準を見つめ直す、ちょうどいい機会をいただいたと考えています。その結果、我々が間違っていること、正さなければならないことは明らかになりましたから、不退転の覚悟で変えるべきものは変える。捨てるべきものは捨てる。守るべきは守る。こういう姿勢でやっていきたいと思っています。

 ─ 今、グループの社員に対しては、どういう言葉を投げかけていますか。

 奥村 我々のグループには、いろいろな事業体がありますが、国内の損害保険事業に所属している人達には、ビッグモーター問題や価格調整問題で会社が揺さぶられ、1回沈んだと。しかし、これから新しく、変革を我々がリードするんだと言っています。新しい社会、新しい業界を自分達で創っていく。今回の変革をポジティブに捉えていこうということを伝えています。

 海外事業は、今まさに成長を続けている最中です。逆に言うと、行きすぎないように、きちんとステップ・バイ・ステップで成長していこうということを言っています。

 生命保険事業は、先程申し上げた「Insurhealth®」で、お客様の人生に寄り添い、お客様に健康になってもらうためにサポートするのが役割です。

 そして、介護事業については、先程申し上げたように人口動態を考えていくと需要は増えていきます。しかし、働く方は減っていく。ですから今までと同じやり方をしては駄目なのだと。自分達の殻を破って、新しい介護、未来の介護にチャレンジしていこうということを、メッセージとして伝えているところです。