BNPパリバ証券チーフエコノミスト・河野龍太郎氏の視点「米経済はなぜ堅調なのか」

米国の政策金利は5.25―5.5%と歴史的に高い水準が続くが、筆者は、昨年半ばから、米国経済は堅調で、ノーランディング、ないし、ソフトランディングするというシナリオを堅持している。

 昨年末に米金融市場が大幅利下げを織り込んだ際も、むしろ長期金利の大幅低下とそれがもたらす株高によって、総需要が強く刺激されるため、利下げが大きく遅れるだけでなく、利下げ幅も大幅に縮小し、むしろ将来、利上げ論が台頭し得るとも考えてきた。

 今のところ筆者の見立て通りの展開に見えるが、なぜ高金利が続くにもかかわらず、米国経済は堅調なのか。

 一つには、コロナ禍、そしてコロナ禍後のインフレ対策で、大規模な財政政策が繰り返され、政府から家計、政府から企業に所得移転が続けられていることが、背景にある。財政政策によって、短期的に経済を均衡させる実質中立金利(自然利子率)が上昇し、見た目ほどには金融引締め効果が現れていないから、景気が堅調なのだろう。

 長らくイノベーションの恩恵が高所得者にばかり集中し、低中所得者の所得が増えていないことが、貯蓄と投資のバランスを崩し、自然利子率の低下要因になると考えられてきた。しかし、コロナ後の超人手不足で、エッセンシャルワーカーを中心に、低中所得者の実質賃金が改善していることも、自然利子率を押し上げ、個人消費を中心に経済を下支えしているのだろう。それ故、コロナで積み上がった強制貯蓄が取り崩された後も、景気が堅調なのである。

 本当に自然利子率は上昇したのか。新興国はグローバル経済に組み込まれるようになっても、自国で安全資産を提供できないため、先進国の国債が選好され、米国などの自然利子率に下押し圧力が加わるというのは今も変わっていないと思われる。ただ、自然利子率のもう一つの大きな低下要因であった、長寿化によって、人々が年をとっても働き続け貯蓄が積み上がるというのは、少なくとも米国では、コロナをきっかけに大きく変わった。コロナで50代、60代が多数亡くなった米国では、働いて金を貯めても、いつ死ぬかわからないから、引退して余生を楽しむべく、高齢者は労働市場に戻ってこないままである。

 筆者は、前述した通り、財政政策による自然利子率の一時的な上昇の影響が大きいと考えているが、サブプライム・バブル当時、借金が積み上がっていた家計のバランスシートが長い年月でスリム化し、コロナ時の巣籠りもあって、かつてないほど健全化している点も、自然利子率を押し上げていると考える。名目中立金利はFRB(米中央銀行)がいう2.5%程度(0.5%の自然利子率+2%のインフレ期待)ではなく、3.0―3.5%に上昇しているのではないか。インフレ期待も2.5―3%に上昇しているのなら、3.5―4.5%というべきかもしれない。