広島大学は6月11日、肝硬変や肝細胞がんにつながる危険性がある「代謝機能障害関連脂肪肝疾患(MASLD)」患者を対象とした研究において、超音波を用いた「せん断波」が肝線維化の評価、超音波の分散勾配が肝臓の炎症の評価にそれぞれ有用であり、これまでは入院をすることが多く、その上で針を刺して肝臓の細胞を採取するために痛みや出血を伴っていたMASLDの検査法の「肝生検」に代替えできる可能性があることを明らかにしたと発表した。

同成果は、広島大学病院 診療支援部 生体検査部門の上田直幸氏、同・同検査部、同・茂久田翔准教授、同・病院 消化器代謝内科の河岡友和講師らの共同研究チームによるもの。詳細は、日本肝臓学会が刊行する肝臓学に関する公式学術誌「Hepatology Research」に掲載された。

  • 今回の研究の概要

    今回の研究の概要(出所:広島大プレスリリースPDF)

MASLDは、肝臓の細胞に脂肪が異常に蓄積することによって引き起こされ、進行すると肝線維化や肝硬変、さらには「肝細胞がん」に至る可能性がある。初期段階では症状がほとんど現れないが、進行するとだるさや、食欲低下、黄疸、腹痛のような症状が出ることがあり、最終的には肝不全や肝性脳症、転移を来たし死に至る。

従来、肝線維化の評価には、針を刺して肝臓の組織を採取する検査法の肝生検が用いられてきたが、同検査を行うには入院しなければいけないことが多く、検査時には痛みや出血を伴う。そのリスクや困難さから、痛みがなく、繰り返し検査できる新たな評価方法の開発が強く望まれている。

そうした中で注目されているのが、超音波によるせん断波と分散勾配を用いた手法。せん断波とは、超音波検査では、検査装置からビームを出して組織を非常に小さく振動させるが、その振動の伝わる波のことをいう(肝臓の組織が線維化で固くなるほどせん断波は速く伝わることになる)。また分散勾配とは、肝臓のような組織はせん断波の種類(周波数)によって、せん断波の速度が変化するという性質があることから、その種類ごとの速度をグラフにした際の傾きのことをいう。

過去の報告では、せん断波に影響を与える因子として、炎症やうっ血が挙げられており、せん断波の値に影響を与える炎症のレベルを把握することは、正確な評価を行う上で重要。そこで研究チームは今回、せん断波と分散勾配を肝生検の結果と比較することで検査の精度について検討し、せん断波に影響を与えると思われる炎症のレベルとその分散勾配についても検討することにしたという。

今回の研究では、2019年9月から2022年12月までの間に肝生検を受けたMASLDの疑いがある患者159人を対象に、せん断波と分散勾配の測定が行われた。肝生検によって肝臓の線維化はF0~F4、炎症はA0~A3に分類される。それぞれのステージとせん断波、分散勾配の比較解析が行われ、病理診断と超音波診断の一致度が調査された。その結果、せん断波は肝線維化の程度(肝臓組織の硬さ)を、分散勾配は肝臓の炎症の程度(肝臓の粘性)を正確に反映することが確認されたとした。

次に、炎症がせん断波値に与える影響を検討するため、肝生検結果とせん断波の結果が一致しない患者の検索が行われた。そのうち、肝生検の結果がF0-1という、肝線維化が進行していない患者91人が対象とされた。肝生検とせん断波の結果が一致した群は「Correct Diagnosis group」、肝生検とせん断波の結果が異なった群は「Incorrect Diagnosis group」とされた。両群間で分散勾配値の比較が行われ、分散勾配のカットオフ値が算出された。その結果、カットオフ値は13.2m/s/kHzとなり、この値を超える場合は、炎症によりせん断波値に影響を与えることが判明したという。

今回の研究により、超音波を用いたせん断波と分散勾配がMASLD患者の肝線維化と炎症の評価において有用であることが示され、従来の肝生検に代わる有用な方法となり得ることが示された。また、分散勾配値が13.2m/s/kHzを超える場合、炎症による影響を考慮する必要があることも明らかにされた。これにより、痛みがなく繰り返し検査できる方法でより正確な診断が可能となり、患者の治療方針の決定に役立つことが期待されるとしている。