宇宙航空研究開発機構(JAXA)は6月11日、火星の衛星の誕生は、小惑星が火星の重力に捕獲されたとする「小惑星捕獲説」と、巨大隕石が火星に落下してその際に飛び散った塵やガスが再集積してできたとする「巨大衝突説」の2説の形成過程の違いを見分けることを目的に、フォボスを対象に両仮説それぞれでどのような元素組成になるのかを火星表面や隕石の元素組成データベースを用いてモデル化。それらが相互にどの程度重なり合うのか、あるいは異なるのかを明らかにしたと発表した。
また今回の研究成果は、フォボスからのサンプルリターンを目指してJAXAが2026年度に打上げを予定している探査機「MMX」に搭載されるガンマ線中性子線分光計(元素組成観測装置)「MEGANE」を用いて元素組成を分析することで、約70%の確率で両仮説が判別できることを示唆している結果が得られたことも併せて発表された。
同成果は、東京大学(東大)大学院 理学系研究科 地球惑星科学専攻の平田佳織大学院生(JAXA 宇宙科学研究所(ISAS)所属)、ISAS 太陽系科学研究系の臼井寛裕教授、同・兵頭龍樹 国際トップヤングフェロー、同・深井稜汰特任助教らの研究チームによるもの。詳細は、太陽系研究に関する全般を扱う学術誌「Icarus」に掲載された。
火星衛星のフォボスとダイモスは、これまで火星に送り込まれた探査機や、地上の望遠鏡を用いて観測が行われ、研究が進められてきたが、その形成過程は未だ明らかになっていない。冒頭で述べたように有力な仮説として、小惑星捕獲説と巨大衝突説の2説があるが、研究者の間でも意見は分かれており、議論は決着していない。
火星の衛星の形成仮説を見分ける上で鍵となるのが、元素組成だという。もし捕獲説が正しいのであれば、火星の衛星は捕獲された小惑星に相当する組成を持つことが想定される(火星由来の組成はゼロ)。それに対し、衝突説が正しいのであれば、火星の「バルク・シリケイト・マーズ組成」(火星のケイ酸塩質部分(岩石)により構成される地殻とマントルの平均組成のこと)と、衝突した天体の組成の中間的な組成を持つことが考えられるとする。
火星の衛星の起源の解明を目指すMMXでは、米・ジョンズ・ホプキンス大学の応用物理研究所で開発されたMEGANEを用いて、フォボスの表層1m以内の平均元素組成の測定を行うことが計画されている。同分光計は、天体表面に宇宙線が入射することで表面物質(を構成する元素)から生成されるガンマ線や中性子線を検出し、その元素組成を測定するというものだ。そこで研究チームは今回、MEGANEの観測誤差や捕獲された、あるいは衝突した小惑星の種類や組成の未確定性などの現実的な条件を考慮して、MEGANEにより観測されるフォボスの元素組成から形成仮説の判別を目指すことにしたという。
まず、フォボスの元素組成を火星組成と小惑星組成の混合(捕獲説の場合は火星成分0%+小惑星成分100%で、衝突説の場合は火星成分50%+小惑星成分50%)により表現するモデルが考案された。2つの形成仮説、さらに、小惑星組成として12種類の「コンドライト質」(石質隕石のうち、コンドリュールと呼ばれる粒状の組織を内部に含むもの)組成が仮定され、合計24パターンの異なる形成過程を経験したフォボスのモデル元素組成が互いにどのように重なり合うのか、あるいは異なるのかについて、MEGANEで測定可能な6種類の親石元素(天体が均質な溶融状態から分化する過程で、岩石相に集まりやすいと考えられる鉄、ケイ素、酸素、カルシウム、マグネシウム、トリウムのこと)に着目して研究が進められた。
MEGANEにより観測されるフォボスの元素組成から形成仮説の判別が可能かどうかについては、その観測誤差に依存して変化することが定量的に示され、現在想定される観測誤差(20~30%)を仮定した場合、70%程度の確率で捕獲説と衝突説を判別できることが判明。さらに、形成仮説が決定できた場合には、50%程度の確率で捕獲された、あるいは衝突した小惑星の種類を12種類の中から一意に決定できるということも示唆されたとした。
今回の研究が提案するフォボスの元素組成モデルとデータ解析方法は、将来MMXにより実際に取得されるMEGANEの観測データに適用することが可能だ。その際には、MMXによる別の科学観測結果に基づいて捕獲・衝突天体の種類を追加あるいは限定するなど、形成過程の理解を深めるための応用も考えられるという。このように、MEGANEによるフォボスの元素組成観測は、MMXの他の科学観測と併せて、火星衛星の起源解明に大いに貢献することが期待されるとしている。