森林において樹木が生息する土壌に特有の微生物の集まり(微生物叢)が落葉を効率的に分解していることを東京大学などの研究グループが野外実験で実証した。森林生態系の物質循環を担う微生物叢の働きに差があることを示しており、今後の森林保全において場所ごとに特有の微生物叢を保つことが重要だとしている。

森林生態系では、地面に落ちた樹木の葉が土壌中の微生物に分解され、分解の過程でできた栄養分を根から樹木が吸い上げて成長し、茂った葉がまた落ちて微生物に分解される――という、落葉と分解を伴う物質循環が起きている。落葉の分解速度については、「温度が高い方が微生物は活発に働く」「柔らかくて栄養分豊富な葉では分解が進みやすい」など、地域の気候や落葉自体の性質によって主に決まると考えられていた。

一方で、樹木が育つ場所(ホーム)はほかの場所(アウェー)より効率的に落葉を分解するという「ホームフィールド・アドバンテージ」仮説がある。野球やサッカーのようなプロのチームスポーツで、本拠地(ホーム)が遠征先(アウェー)より有利なことになぞらえたものだ。しかし、微生物と落葉分解の関係について、気候や落葉の性質、土壌の物理的性質などをそろえて、野外で実証をするのは難しかった。

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    樹木が育つ場所(ホーム)はほかの場所(アウェー)より効率的に落葉を分解するホームフィールド・アドバンテージ仮説のイメージ(東京大学の平尾聡秀講師提供)

東京大学大学院農学生命科学研究科の平尾聡秀講師(森林生態学)らは、勤務していた東京大学秩父演習林(埼玉県秩父市)の同じ山でも高い標高(約1832メートル)では常緑樹のコメツガ、低い標高(約880メートル)では落葉広葉樹のイヌブナの天然林が広がっており、土壌や落葉を入れ替えて分解速度を調べれば、微生物と落葉分解の関係が実証できると考えた。

2016年6月に、落葉や土壌条件ができるだけそろうよう、高標高と低標高の土壌を各18カ所取り出し、その日のうちに約1000メートルを登り降りして入れ替え移植した。移植の作業自体が及ぼす効果があるかもしれないため、入れ替えと同じ数だけ、取り出した物をその場に移植もした。それぞれの土壌に乾燥させたコメツガの葉とイヌブナの葉を置き、117日後、376日後、527日後に重量を計測。軽くなっただけ分解していると判断した。

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    コメツガが広がる高標高地からイヌブナの低標高地へ、低標高地から高標高地へ土壌を相互に移植し、移植した土壌の上にコメツガとイヌブナの落葉をそれぞれ入れたメッシュバッグを置いた(東京大学の平尾聡秀講師提供)

日数の経過でコメツガとイヌブナそれぞれでどれだけ落葉が分解するかを、①高標高土壌をその場に移植して高標高地に置いたもの(高標高地×高標高土壌)、②高標高土壌を低標高地に移植して置いたもの(低標高地×高標高土壌)、③低標高土壌をその場に移植して低標高地に置いたもの(低標高地×低標高土壌)、④低標高土壌を高標高地に移植して置いたもの(高標高地×低標高土壌)――の4つに分類して比較した。

その結果、コメツガでは高標高土壌である前者2つ、イヌブナでは低標高土壌である後者2つで分解率がおおむね高かった。コメツガ、イヌブナとも移植後に置いた環境より、樹木が育っていた土壌であることが分解を促進することが分かった。

土壌と微生物の関連については、遺伝子解析によって、高標高地と低標高地の土壌に特有の真菌や細菌をそれぞれ特定。微生物とコメツガとイヌブナの落葉分解率の関係を調べると、それぞれの標高地に特有の菌が多いほど、分解率が上がっていることを確認できた。ホームフィールド・アドバンテージ仮説を裏付けているという。

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    コメツガとイヌブナの落葉分解率の推移。どちらも、もともと樹木が育っていた高標高土壌であるか低標高土壌であれば高い分解率になった(東京大学の平尾聡秀講師提供)

天然林ではシカの増加で下草が食べ尽くされて土壌がむき出しになったり、病気による枯死が広まったり、極端気象による倒木が起きたりなどしている。これら土壌撹乱が微生物叢に影響を与え、落葉分解の進行を妨げて物質循環に支障を来す恐れもある。平尾講師は「今後さらに研究を進めることで微生物と落葉分解の関係性が土壌の炭素蓄積に果たす役割なども明らかにし、土壌微生物まで含めた森林保全を目指したい」としている。

研究グループは東京大学と千葉大学で構成し、成果は5月12日に植物科学誌ニュー・ファイトロジストの電子版に掲載された。

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