東京農工大学(農工大)、九州大学(九大)、科学技術振興機構(JST)の3者は6月7日、機械学習を合成プロセスに活用することで、2テスラ(T)という世界最高レベルの磁力を持つ鉄系高温超伝導体の永久磁石を開発し、それを安定保持することに成功したと共同で発表した。

同成果は、農工大の山本明保准教授、同・德田進之介大学院生(研究当時)、同・石井秋光大学院生(研究当時)、同・山中晃徳教授、九大 総合理工学研究院の嶋田雄介准教授、英・ロンドン大学キングス・カレッジのマーク・エインズリー講師らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の材料科学全般を扱う学術誌「NPG Asia Materials」に掲載された。

現在、極低温への冷却には主に液体ヘリウム(沸点:絶対温度4.2K(約-269℃))が使用されているが、ヘリウム資源は需要増大のために世界的に不足している状況だ。そのためエネルギー効率の観点から、冷凍機による冷却でも超伝導状態となれる高温超伝導体の実用化が期待されている。

鉄系超伝導体は、超伝導を維持できる上限の磁場が従来材料の2倍以上と極めて高いことが大きな特徴で、これまでに1Tのコイル磁石磁場発生が報告されている。そこで研究チームは今回、工業的なセラミックス材料の合成プロセスで生産でき、製造しやすく、スケールアップも容易な多結晶型の鉄系高温超伝導体に着目したという。

多結晶型材料(セラミックス)は、大きさや形、向きの異なる無数の結晶から構成されていることからミクロな構造がとても複雑で、それが同材料の性能と密接に関わっている。今回の研究では、超伝導電流が流れやすいミクロ構造を得られる合成プロセスを効率的に探索するため、少数の事前データを基に、研究者主導のアプローチとデータ駆動型のAIによるアプローチをシームレスに統合したプロセス設計手法を構築し、研究を進めたとする。

1つ目のアプローチは、従来的な研究者の経験と勘に基づくもので、深層学習によるミクロ構造の解析と形成過程シミュレーションの知見など、AI技術も設計指針に採用された。2つ目のアプローチでは、AIによるデータ駆動型の最適化手法「ベイズ最適化」をベースに、プロセス設計向けにカスタマイズされたソフトウェア「BOXVIA」が開発され、それが用いられた。

  • 研究者とAIが同じ実験データを共有しながら独立してプロセス設計する枠組み

    研究者とAIが同じ実験データを共有しながら、独立してプロセス設計する枠組み(出所:共同プレスリリースPDF)

研究者とAIは、磁力の起源となる超伝導電流性能をターゲットに、同じデータベースを共有しながらも、それぞれ独立してプロセス設計を進めたとのこと。研究者は電流特性のデータやミクロ構造などの知見を基に、AIは電流特性データの機械学習により、新しい合成プロセスを提案し、それに基づいて試料が合成されて特性を評価してデータベースを更新するという、一連の流れを繰り返した。このようにして最適な合成プロセスの条件を研究者とAIがそれぞれに見出し、これらの条件で2つの円盤バルク(塊)状の磁石が合成された。

  • 試作された鉄系高温超伝導磁石

    試作された鉄系高温超伝導磁石(出所:共同プレスリリースPDF)

小型冷凍機を用いて転移温度(38K(約-235℃))以下に冷却し、外部から磁化するとその磁石は永久磁石の性質を示し、市販のネオジム永久磁石の数倍に相当する2Tを上回る磁力が得られたという。これは、従来の鉄系高温超伝導体の磁石による世界記録を2倍以上も上回る性能だ。

また、3日間にわたり磁力の変化を計測したところ、Tクラスの強大な磁力にも関わらず、極めて小さい減衰で保持できることが確認されたとする。さらに、最新の「有限要素モデリング法」を用いた解析が行われた結果、磁力の実験値はシミュレーション結果と優れた一致を示し、磁力の起源となる超伝導電流が均一に循環していることが示唆されたとしている。

そして電子顕微鏡観察によれば、研究者とAIがプロセス設計した試料のミクロ構造に、注目すべき違いがあることが見出されたという。研究者による試料では、数十ナノメートル(nm)の間隔を比較的均一に保ちながら、ぎっしりと詰まった粒界ネットワークが観察された。一方でAIによる試料では、間隔が数十~数百nmの広い範囲を持つ、二峰性の粒界ネットワークが見られたとする。この特徴的な粒界ネットワークは、高温超伝導でこれまで見られなかったことから、どのように高い電流特性に寄与しているのかを解明できれば、鉄系高温超伝導磁石の磁力向上のブレイクスルーにつながることが期待されるとした。

AIを活用した材料の合成プロセス設計手法は、今後のデータベース基盤や生成AIの進展と相補して、大きく進化することが予想されるといい、研究者とAIの両者がそれぞれの強みを活かしながら、共に超伝導材料合成を探索する時代の幕開けとなることが期待できるとした。また、鉄系高温超伝導磁石は、実用的な用途に適した次世代強力磁石の候補の1つとして、大きな可能性を秘めているとしている。