「トヨタの余力不足の課題に正面から向き合って、足場固めに取り組むことが、将来の成長に向けた最重要事項だ」─。トヨタ自動車社長の佐藤恒治氏はこう強調する。佐藤氏の社長就任1年目の〝通信簿〟は売上高45兆円、純利益4.9兆円と空前の好決算だった。しかし、佐藤氏には安堵感はない。自動車業界を根本から変える電動化と知能化。トヨタはこの変革の波にどう向き合っていくのか。
足場固めに金と時間を使う!
「今期は意志をもって足場固めに必要なお金と時間を使っていく」─。2024年3月期連結決算で営業利益が前期比96.4%増の5兆3529億円と過去最高を更新し、日本企業として初めて5兆円を超えたトヨタ自動車社長の佐藤恒治氏からは笑みは見られなかった。
円安基調による6850億円の為替効果が利益を押し上げた要因があったものの、トヨタ・レクサスブランドの販売台数は同7.3%増の1030万台と、こちらも過去最高。ダイハツ工業や豊田自動織機の出荷停止影響があった日本を除き、全地域で販売台数が増加するなど、商品力の強さを見せつけた。
それは数値からも見て取れる。トヨタの営業利益率は11.9%。自動車業界では8%が高水準と言われているが、ライバルの独VW(約7%)や電気自動車(EV)最大手の米テスラ(約9.2%)を凌ぐ。さらにトヨタの1台当たり営業利益は約44万円。それまでトヨタの1台当たり営業利益は20万円半ばになるケースが多く、好採算な企業と言えばSUBARUが代表格だった。しかし、足元でトヨタの数値はSUBARU(約39万円)を超えるほどで、〝稼ぐ力〟が高まったと言えそうだ。
「今は電気自動車(EV)からの揺り戻しが起きている」─。別の自動車会社の首脳がこう認めるように、EVの新車販売台数の鈍化は鮮明だ。代わりに引き合いが増えているのがハイブリッド車(HV)。トヨタでは北米や欧州を中心にHVの販売が好調だ。値上げしたにもかかわらず、この1年間でHVを含めた電動車の販売台数は約100万台増加し、過去最高の359万台になった。
副社長の宮崎洋一氏は「(HVについては)メインプレーヤーとして認知されるようになった。乗り心地、加速性能といった点でも魅力ある車になっている」と話す。北米ではトヨタ車の「平均在庫日数は15日程度だが、HVでは5~8日しかない」(同)。在庫日数が1週間ということは、ディーラーに入荷されると、すぐに売れる状況を意味する。
トヨタは1997年に世界初の量産HV「プリウス」を発売。しかし当初は「売れば売るほど赤字になる」と言われていた。だが、今では技術の成熟化や原価低減、世界的な再評価の動きに伴って「ドル箱」になった。HVシステムの原価は当初の6分の1まで低下しており、HVの収益性は「ガソリン車と同じか、またはそれ以上という車種も出てきており、台数が伸びれば収益に貢献するという構造だ」(経理本部長の山本正裕氏)。
1円の円安で営業利益が約450億円上振れるトヨタからすれば、円安のメリットは大きいように見えるが、円安は同時に「資材高騰にも跳ね返る」(トヨタ幹部)。それでも資材高騰による押し下げは2650億円にとどまり、1兆5000億円を超えた前期の5分の1以下となった。
だが、冒頭のように佐藤氏には緊張感がこもっていた。日野自動車やダイハツといったグループ会社の不正や23年度の販売台数が約11万台に過ぎないEVの出遅れなど「好業績に浮かれている暇はない」(同社関係者)からだ。そのため、佐藤氏は今期を「モビリティカンパニーへの変革への『意志ある踊り場』として、10年後の働き方をつくる足場固めへ成長投資を加速させる」と位置付ける。
約6万社あるトヨタの国内サプライチェーンに対して労務費の上昇分を負担するなど、仕入れ先や販売店を含めて人的資本への投資となる3800億円を含めて今期は総額2兆円を「未来への投資」に充て、25年3月期の営業利益は4兆3000億円と減益を見込む。
電動化とSDV化で変わるクルマ
佐藤氏から言わせればモビリティカンパニーへの転換には「非常に大きな事業構造改革」が必要だ。これまでの労働集約型でハードウェアを効率的に生産するビジネスモデルであれば、台数規模が伸びることで会社の事業規模も大きくできた。
しかし、電動化と画像認識や運転補助システム、回生ブレーキなどを1つの基本ソフト(OS)で制御できるSDV化(ソフトウェア・デファインド・ビークル=ソフトによる知能化)が進むと、ハードウェアがさらにその先の下流側で価値をどんどん生んでいくようになる。
つまり、新車販売で収益を上げるのではなく、販売後のソフトの更新で収益を上げ、社会インフラの1つに組み込まれることで新しい収益を上げるという構造だ。例えば、電気を運ぶモビリティとしてEVを活用したり、エネルギーに関するセキュリティを高める役割を担うといったことも考えられる。
電動化では26年に世界で150万台のEVを販売する目標を掲げる。その際、トヨタは僅か10分以下の充電で、現行EVの航続距離の2.4倍となる約1200キロメートルの走行が可能な「全固体電池」を搭載し、86の板金部品を使い、33のプレス工程を経て作る車体の後部を大型の鋳造設備を使って一体成型する「ギガキャスト」も採用する。
その意味では、トヨタの「マルチパスウェイ(全方位)戦略」は「クルマの要素、形が変わる。クルマの存在を変えるチャンス」(同)とも言える。足元の好業績を達成する中、自らが見据える次のステージに上がることができるか。勝負の時期になる。