日本生産性本部会長・茂木友三郎の「政治改革、経済再生は国民の意識改革と共に」

ウクライナ戦争や中東問題で世界が混沌とする中、日本が果たすべき使命と役割とは何か─。「独立国家として、やるべき事をやるということに尽きます」と茂木友三郎氏(日本生産性本部会長、キッコーマン取締役名誉会長・取締役会議長)は語る。日米同盟を外交・安全保障の基軸にしながら、隣国・中国との関係をどう維持するか。また、食料自給率が38%という中で、緊急事態が発生した時に、国民の食料をどう確保するかといった国のあり方も重要課題。国内では今、政治とカネ(資金)の問題で揺れ、政治不信が高まる。国のあり方、方向性を決める法律作り(立法)を担う政治がぐらつく中、経済人に求められる使命と役割は何か? 折しも、日本は”失われた30年”から脱却し、プラス成長のステージを構築できるかどうかの正念場。「国民の意識改革も不可欠」という茂木氏の日本再生論とは─。

〝政治とカネ〟の問題にどう対応?

「政治とカネの問題。これはもう何十年前に解決したのかと思っていたら、また出てきたということでね。政治にはお金がかかるんだということを言う人は結構多いんですが、確かにある程度はかかると思いますが、しかしそれを言うと、どうしても余計かかることにつながる。できるだけ、お金をかけないようにするということが必要なのではないかと思います」

 茂木友三郎氏(1935年=昭和10年2月生まれ)は、与党・自民党の政治資金の〝キックバック問題〟に関して、「必要なお金は、やはりオープンにして集めるべき。コソコソやっていては駄目」という基本観を示す。

 これまでの政治改革の中で、政治資金の収支はオープンにする─ということは何度も謳われてきた。「ですから、決まった以上はきちんとやるということですね」と茂木氏が続ける。

「今度はそういう点で反省する機会になって、政界の皆さんもできるだけお金をかけないようにする。お金がかかるものはオープンにする。それから有権者もね、やはり政治家にあまりお金をかけさせないようにするというか、お金がかからないような政治にしていく。有権者も意識改革の時だと思うんです」

 有権者と政治家、つまり〝選ぶ側〟と〝選ばれる側〟とが一緒になって、政治の在り方を考え直す時だという認識を茂木氏は示す。

 今回は、与党・自民党の中でも特に安倍派に焦点が当たって問題化したが、この〝政治とカネ〟の問題は、派閥の問題というよりは、政治家としてのあり方・生き方が問われている。そういった意味で、政治家個人の問題でもあると言える。

 4月末の衆議院補欠選挙は東京15区、島根1区、長崎3区で行われたが、自民党は3選挙区すべてで敗れた。野党の立憲民主党が3議席とも勝利。国民の怒りがこの選挙結果を導いたわけで、与党・自民党は今後、相当な緊張感をもって臨まなければならない。

 今、世界の政治・経済が混沌とする中で、日本はどう生き抜いていくか─。国内的には、人口減、少子化・高齢化に伴う社会保障費増、自治体の消滅、生産年齢人口(15歳から64歳まで)の減少にどう対応していくか─という基本課題を抱える。

 こうした基本課題のマイナス現象が各省庁から個別に発表されるだけで、国会(政治)の場で統括的に議論される場面が少ない。議論されたとしても、与野党が持論にこだわり、議論もスレ違いのまま終わっている。

 政治はこれらの基本課題にもっと真剣に取り組む時である。にもかかわらず、政治が問題を起こして、停滞・混乱したままだ。このような時に経済リーダーはどう行動すべきか─。

民間人の知恵を発揮して

 茂木氏は現在、キッコーマン名誉会長・取締役会議長、日本生産性本部会長(第7代、2014年6月就任)、そして『令和国民会議』(通称、令和臨調)の共同代表を務める。

 この〝令和臨調〟は、〝失われた30年〟からいかに抜け出すか、また、コロナ禍や大地震、風水害などの自然災害などへの備えは大丈夫かといった、日本の現状に危機感を持つ経済リーダーや、労働界、言論界などの有志が集まり2022年に結成された。

 茂木氏の他に、小林喜光氏(東京電力会長)、佐々木毅氏(東京大学元総長)、増田寛也氏(日本郵政社長)が共同代表を務める。

 民間人が知恵を出し合い、日本の課題解決に向けて行動していこうという趣旨での設立。

〝令和臨調〟では、4つの部会を立ち上げている。『統治構造・政治改革』、『財政・社会保障ビジョン』、『国土構想』、『科学技術・イノベーション』の4つである。

 政党のガバナンス、選挙制度、政治と行政(政治家と官僚)の関係などを課題として扱うのが『統治構造改革』委員会。

 同委員会に関連して、茂木氏は「政党改革がテーマ」と語る。

「政党改革と言いますが、日本では政党というものの位置づけが、何かこうハッキリとしない。政党というものはどうあるべきかを、ガバナンスやお金の問題も含めてやろうと。これから詰めていくので、具体的な内容についてはまだ申し上げられませんが、方向性としてはそういうことです」

有権者の意識改革を伴う政治改革

 国を形づくる〝三権〟とは、言うまでもなく立法(国会=政治)、行政(官庁、自治体)、そして〝法の支配〟を担う司法である。

 立法機能を担う政治の使命と役割は実に重い。その政治が、また今、カネ(政治資金)の問題でつまずいているということ。

 裏金をなくすには、茂木氏が言うように、収支をオープンにしていくことが必要であり、基本的には「政治家個人の生き方」の問題でもある。

 しかし、脱税も絡み、国民の不信を招く事態がなぜこうも続くのか? どうすれば、このような問題は解決できるのか?

「〝政治とカネ〟の問題は、政治家だけの問題ではなく、われわれ国民サイドとしても、有権者サイドも意識改革をしないと駄目だと思います」と茂木氏。

 今回の政治とカネの問題は結果的に、裏金づくりになり、脱税にもなることに国民の怒りが爆発。

 なぜ、裏金づくりと受け取られるような行為を続けたのかという問いに、安倍派幹部や他派閥関係者も、「これまでの慣習に従って…」という弁解に終始。

 さながら、皆で渡れば怖くないといった振る舞いで、責任回避していると国民は受け止めた。

 まさに政治家1人ひとりが襟を正す時。政治資金は、民間企業や個人による献金と、国による政党交付金(公的助成)でまかなわれているからなおさらだ。

 特に後者の政党交付金は、2024年(令和6年)は日本共産党を除く9政党に約315億円が交付されている。うち、自民党は全体の約7割を占める160億円を受け取っている。

 ちなみに、立憲民主党は68億3500万円、公明党29億800万円、国民民主党11億1900万円、その他合計12億2400万円という内訳。

 各政党からは各議員への〝寄付〟という形で資金が配分される。具体的な配分状況ははっきりしないが、平均すれば1人当たり5千数百万円といわれる。

 秘書などスタッフの人件費や地元(選挙区)とのやり取りにかかる経費負担を考えると、「台所は厳しい」という声も政治家サイドからは聞かれる。

 いずれにせよ、政治活動資金が税金でもまかなわれているのは事実。〝政治とカネ〟の問題は、政治家だけでなく、「有権者サイドの意識改革」を伴う問題であるということだ。

『令和臨調』を立ち上げた理由

 日本再生をどう図るか─。

『令和臨調』の立ち上げ(2022)は元々、こうした意識から行われた。

 産業界・経済界、労働界、言論・メディアを含めて民間人を中心に、政治家や学生など若者の参加も得て、「各界の人たちを集めて提言していく」ということでスタート。

「失われた30年ということで、日本はその間、全く成長しなかったし、日本の力はどんどん弱まってしまった。アメリカには随分差を付けられてしまいました。これを何とか上昇気流というか、上向きにしていく。経済も上向きにしなければいけないし、社会全体に上向きにすることが必要になってくると思うんですね」

 日本社会全体が上向きになるような提言をし、活動をしていくことが『令和臨調』の目標と茂木氏は語る。

 民間人による国力増強、つまり生産性アップを図る活動の淵源は1955年(昭和30年)の日本生産性本部設立に遡ることができる。1955年といえば、敗戦から10年後のことである。

 GHQ(連合国軍総司令部)の進駐が約7年続いた後の1952年(昭和27年)、日本はサンフランシスコ講和会議で独立が認められた。日本は焼土の中から復興を目指した。

 現在、茂木氏が会長を務める日本生産性本部は、国民全体が懸命に働き、経済で力を付けようとする中で、1955年(昭和30年)に経済界、労働界、学識経験者の三者代表を構成メンバーとして設立された。

 雇用の維持・拡大、労使協調、成果の公正な配分─。これを生産性運動の3原則として、日本生産性本部は活動してきた。

 同本部設立の翌年(1956)、当時の『経済白書』が、「もはや戦後ではない」と謳うなど、日本は経済力を高めていった。

 人口も、1億人を突破し、1968年(昭和43年)には、西ドイツ(現ドイツ)を抜いて、米国に次ぐ自由世界2位の経済大国になる。

 しかし日本は、1990年代初め、バブル経済がはじけた以降、低迷が続き、今まさに〝失われた30年〟からの脱却が図れるかどうかの瀬戸際。関係者の間にも緊張感が漂うが、では、どういう進路を描いていくか?

「ですから、やはり経営者だけではなく、労働組合の幹部、そして学識者、そういう人たちが一緒になって勉強しようよと。どういう方向にするか考えようじゃないかと。考えるばかりではなくて、それを実行しようではないかと」

 茂木氏は、「実行することが大事」と次のように続ける。

「実行するためには、政治の力も必要ですから、政治家の人たちとも連携して志を同じくする人たちにも入ってもらっています」

 令和臨調の活動には、長らく自民党衆議院議員を務めた大島理森・元衆議院議長、野田佳彦・元首相、公明党の井上義久・元幹事長の3人が最高顧問として参加。

 自民、立憲、公明の3党のほか、日本維新の会、国民民主党などからも政治家が参加しており、その数は80数人に及ぶ。

「政治家の皆さんにも会をつくってもらい、民間人だけで議論するのではなくて、政治家の人たちにも議論してもらって、それを実行する方向に持っていこうと」と茂木氏は語る。

人口減、高齢化の中で生産性をどう上げるか

 今、日本は人口減、少子化・高齢化という流れの中で、国はもとより、企業や個人もどう生き抜くか─という課題を抱える。

 国立社会保障・人口問題研究所によると、人口は、2008年(平成20年)の1億2808万人をピークに減少。2048年には1億人を割り込む。

 明治維新(1868)から100年かけて増えてきた人口が、今後100年のうちに、また元の水準に戻る流れになりつつある。

 生産年齢人口(15歳―64歳)は2023年時点で7479万人であったのが、2065年には約4500万人と約2900万人減となる見込み。

 こうした人口動態の流れの中で、経済活動を見る1つの指標である1人当たりGDPで日本は34位(ちなみに33位はバハマ、35位は韓国)。G7(先進7カ国)の中で日本はイタリアの後塵を拝して最下位である。

「人口は減る。急に増やすというわけにもなかなかいかない。ですから、人口減少を前提にしてものを考えていかないといけないということです。言うまでもなく、人口が減れば、それだけ生産量が減ってしまう。だから、人口が減る上で、どうやって生産量を増やしていくかを考えることは、すなわち生産性を上げていくということに結びつくわけですね」

 そして、地方の衰退にどう対応していくかという課題。東京一極集中ということと併せて、地方の衰退が続き、〝消滅自治体〟という言葉が最近ささやかれるようになった。

 DX(デジタルトランスフォ―メーション)で地方に活力を呼び込もうという動きもある。例えば、データセンターを地価の安い地方に置くといった構想。

 官公庁や企業の福利厚生の運営を代行する某経営者は、「当社もそうしたデータ処理などの業務拠点をすでに地方につくっていて、今後さらに増やしていきます」と語る。

 人材確保が難しい首都圏に対し、比較的、地方では人手が確保しやすい。地方にそうした事業拠点ができれば、その地方の雇用増につながり、地方の活性化にもなる。

「そういうことも考えられますけど、まだ一部の動きですね。それと、今度は地方にみんなが行ってしまうということになると、東京の活力がそがれてしまうことにもなるし、そのあたりの塩梅をどうするかという問題もありますね」

 東京や大阪、名古屋などの大都市の伸長と、地方の健全なる発展との均衡ある成長をどう図るかも必要という問題意識を茂木氏は示す。

日本を魅力ある投資先に

〝失われた30年〟を生き抜くために、企業は海外への投資を積み重ねてきた。縮小する国内市場での投資は控え、新市場開拓ということも重なり、積極的に海外投資を行った。

 また、経営のグローバル化は、企業が生き抜くための必要措置でもあった。特に製造業の場合、コストダウンを目的とした海外進出という側面もある。株式を上場する製造業の7割が海外に拠点を構えている。

 最近は経済安全保障の観点から、中国から他のアジア諸国への工場移転という流れも加速。

 こうした企業の動きもあり、海外投資で得た利益や配当などを計上する第1次所得収支は2023年度で35兆5312億円にのぼり、過去最高を更新。

 こうした所得収支や貿易収支、サービス収支(旅行や特許使用料などを対象)を総計した2023年度経常収支は25兆3390億円の黒字。前年度に比べて約2.8倍の増加で、こちらも過去最高を記録。

 問題は、海外活動で得られた利益が海外に滞留し、日本に還元されにくくなっていること。

 海外で得た利益が海外への投資や利益処分に向かい、日本国内に還流しないのはなぜか?

 1つは、国内市場が縮小し、新たな投資機会が少なくなっていること。国内の雇用者の賃金などへの利益分配も少なくなり、その結果〝失われた30年〟となり、賃金は定期昇給以外は上がらないという状況が続いた。

 昨年あたりからようやく、国内での賃金アップが言われ始め、2024年度の賃上げ率は平均約5%の上昇となった。

 それでも、このところの物価上昇で賃金上昇がかき消され、国民の消費活動は鈍いままだ。岸田文雄政権が描く、賃上げによる所得向上で消費活動を活発にし、それが企業収益を増やし、さらなる賃上げにつながるという好循環を今後つくれるかどうか。そのためにも、日本を魅力ある投資先にしていかなくてはならない。

「日本は過去30年間、低温経済という状況が続きました。それで世界の中でのステータスもどんどん下がった。やはり経済成長し続ける国にしていかないと」

 茂木氏は「高インフレになってはいけないけれども」と断りながら、「アメリカなどは長年見ていると、物価も上がるし、企業の付加価値も上がり、賃金も上がるという好循環を生み出しています。日本もそういう形にしていかないと」と強調する。

生産性を上げるために求められる意識改革

 日本の企業数は約370万社。うち99%は中小企業。雇用の7割は中小企業が担う。この中小企業の生産性向上も、「国にとっては非常に重要な課題の1つ」と茂木氏は語り、次のように続ける。

「(中小企業の)生産性を上げるには、付加価値を高めることですが、付加価値を高めるための1つの手立ては、適正な値上げを行うということですね」

 これまで中小企業は、納入先の大企業の〝圧力〟の前に、自らの製品の価格を自分たちで決められずにきた。取引先の大企業から、「では、他の所に発注するから」と言われては、原材料高となっても、出荷価格の改定が難しかったからだ。

 しかし、この1、2年は改善されつつある。茂木氏はこの点について、「改善されている方向にあるのではないかと理解していますが、しかし、全体的に日本では中小企業の値上げは難しい傾向がありますね」という認識を示す。

 そして、「それが完全に駆逐されたかどうか、わたしも分かりませんけれどもね。理由が何もないのに値上げするというのもおかしなものですが」と言いつつ、次のように続ける。

「しかし、経済も伸びる、賃金も伸びる、そうした循環の中で、値上げだけが起こらないということになると、いびつになってくる。ですから、そういうことがないようにしなければいけないと思いますね。やはり価格競争の在り方が大事」

 価格競争の問題点とは何か?

「要するに値引きですよ」と茂木氏は語り、「結局、値引き(という慣習)が付加価値を毀損している」と企業活動の問題点を指摘。

 無用な値下げで他社を出し抜こうとする価格競争は絶対に避けるべきだという茂木氏の認識。

 茂木氏は若き頃、米国に留学。1961年、コロンビア大学コロンビア・ビジネス・スクールで経営学修士(MBA)を取得している。

「マーケティングの先生が口酸っぱくして言っていたのは、値下げという価格競争は駄目だよと。プライス・コンペティションはいけないと。企業の役割は、付加価値をつくることなんだと。その付加価値が一瞬にして失われるということになってしまいますから」

 では、どうすべきか?

「競争するならば、品質だとか、サービスだとか、非価格競争でやるべきだと。安売りをする企業は消費者のためになると思っている人が多いけれども、日本の経済を破壊している面もあります」

 付加価値を高めるモノづくりやサービス提供に向けて、企業家精神を発揮していく。日本再生に向けて、経済人の意識改革の時でもある。