花王は6月5日、正確に制御したさまざまな感覚刺激に対する蚊の行動を詳細に把握できる、“蚊に特化した”仮想空間を構築し、実験の結果、蚊は「低粘度シリコーンオイル」が脚につくと、動くものを追いかける能力が低下すること、オイルが付着した際のニオイを記憶して回避行動を取ることの2点を明らかにしたと発表した。
同成果は、花王 ヒューマンヘルスケア研究所、理化学研究所 脳神経科学研究センター 知覚神経回路機構研究チームの共同研究によるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
蚊は、これまで人類を最も(間接的に)殺してきた生物とされ、世界では現在も、蚊が媒介するデング熱やマラリアなどの感染症によって年間約100万人が命を落としている。そのため、蚊に刺されることから身を守る方法を開発することが急務となっている。
花王は、化粧品などに使用される低粘度シリコーンオイルを肌に塗ると、蚊が肌に留まらず、すぐに飛び立つ“逃避行動”をとることをこれまでの研究で見出しており、その性質を応用した独自の蚊よけを開発しているとのこと。その開発の過程で、蚊がオイルを塗った肌から飛び立った後、脚についたオイルを拭うような動作をしていることを発見したという。
そこで研究チームは今回、オイルに対する蚊の反応をより正確に理解するため、蚊に特化した仮想空間を構築し、実験を行ったとしている。
今回の仮想空間は、蚊が自分の意志で自由に飛んでいると感じるように構築されたもの。この空間を成す装置では、飛んでいる蚊の羽音をマイクで集めて計測することで、蚊の飛びたい方向を分析し、それに合わせて周囲の映像やニオイなどの感覚刺激を変化させるとする。なお、0.005秒ごとに感覚刺激を変化させられるため、蚊の微細な行動変化を捉え、さまざまな感覚刺激がどのように受容されているのかを推測できることが特徴だという。
そして今回の研究では、実験によって蚊について以下の2点がわかったとしている。
- 低粘度シリコーンオイルが脚に付着すると、動くものを追いかける能力が低下する
- 低粘度シリコーンオイル付着時のニオイを記憶して回避行動を取る
通常、仮想空間内のLEDパネルに蚊の行動に応じて動く黒い棒を表示させると、蚊は棒を追いかけ、常に棒が目の前にくるように飛ぶという。そこで実験では、脚にシリコーンオイルを付着させ、蚊がどのように追跡するのかを調べたとのこと。すると、オイルを付着させられた蚊は、棒をうまく追跡することができなくなることが確認されたとする。このことから、オイルの脚への付着は、蚊の追跡能力の低下を引き起こすことが判明した。
なお、シリコーンオイルは疎水性の蚊の脚にすばやく濡れ広がる性質を持ち、接触すると蚊の脚がオイルの方に引っ張られるような強い力が働く。蚊にとってはこの引力が脅威となり、逃避行動を誘発することが考えられるという。
また蚊は、叩かれそうになった時の物理刺激と、その際に嗅いだニオイを連合させて記憶し、そのニオイを回避することが報告されている。たとえば、人が両手で叩いて潰そうとした際、その人の手などからの揮発成分と、蚊に対して巨大である手が迫ってくる際に起こされる風圧などを記憶しているというのだ。そこで研究チームは、シリコーンオイルが脚についた時のニオイも記憶し、行動が変わるのではないかと推測。それを確かめるために次の実験では、シリコーンオイルと、シリコーンオイルとは違って脚で濡れ広がらず行動に影響を与えない「グリセロール」を、比較対象として蚊の脚に付着させて、仮想空間でその行動の比較を実施したとする(両方とも無臭であるため、蚊が嫌うニオイとして知られているシトロネラオイルが混ぜられた)。
その実験においては、シリコーンオイルが脚についた場合に、シトロネラのニオイが出ている方向を避けて飛ぶ時間が増え、そのニオイをより強く回避する行動が見られたとする。一方で、グリセロールの場合は飛行行動に変化は見られなかったとした。
蚊は、シリコーンオイルが脚に付着した際の“引っ張られる”という体験と、その際に嗅いだシトロネラを関連づけて記憶している(連合学習)と考えられるとのこと。この結果から、蚊が嫌な体験をした際に記憶したニオイに対して回避行動を取る可能性が見出されたとする。
研究チームは今回の実験により、蚊に最適化した仮想空間が構築されたことで、さまざまな感覚刺激に対する蚊の詳細な行動を把握できるようになり、シリコーンオイルが有効な可能性と、蚊が嫌な体験をした際に記憶したニオイに対して回避行動を取る可能性があることがわかったとしている。