「再発防止に努めていくと共に、本件で失ったお客様からの信頼を回復していかなくてはならない」─こう話すのは東京海上日動火災保険社長の城田宏明氏。企業保険における「価格調整問題」で業務改善命令を受けるなど、厳しい立場に立たされた。その中で社長に就任した城田氏は「ビジネスモデルを全面的に見直す」として、「お客様起点」で会社を作り変える覚悟で取り組むと話す。信頼回復と成長に向けた道筋は─。
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「お客様起点」をグループ全体で共有
─ 2023年12月に東京海上日動火災保険を含む損害保険大手4社が、企業向け保険料を調整していた問題で業務改善命令を受けました。企業風土を含めた改革が必要な状況下での社長就任ですね。
城田 社会、お客様にご迷惑をおかけしました。24年2月末には保険料調整行為に関わる業務改善計画書を金融庁に提出しました。このような事態を二度と起こさないよう再発防止に努めていくと共に、本件で失ってしまったお客様からの信頼を回復していかなくてはなりません。
業務改善計画書の確実な履行はもちろんですが、会社のビジネスモデル自体も全面的に見直していく必要があると思っています。そこで、この4月から新たな中期経営計画がスタートしましたが、キーコンセプトを「Re―New」という言葉にしています。
─ 会社をどのように変えていきたいと考えますか。
城田 1つは、「本当に信頼されるお客様起点の会社」に変革していくことです。無意識のうちに根付いてしまった当社の常識、業界の慣習を変えるのは一朝一夕にはいきませんが、会社を作り変えるくらいの強い覚悟、軸を持ってやっていく必要があります。
「お客様起点」という言葉は特に強く言っています。改めて全員がお客様側に立ち、お客様や社会の常識を全ての行動の出発点とした上で、我々の理念、パーパスを踏まえて、お客様のお役に立てるように行動していくことが必要です。この「お客様起点」を全員で共有して進めていきたいと思っています。この取り組みは、大切なビジネスパートナーである代理店とも一緒になって進めていきます。
2つ目は「リスクソリューションで次代を支える」ということです。当社は創業以来、社会課題解決に貢献するための努力をし、成長してきました。
前中期経営計画では「サイバー」、「中小企業支援」、「グリーントランスフォーメーション」(GX)、「ヘルスケア」を重点分野と定めて取り組み、比較的順調に実績を上げ、お役に立つことができたと思っています。
4月からの新中計では、この4分野に引き続き取り組むと同時に「レジリエンス」(強靭性)を追加し、5分野で取り組んでいきます。
─ そうした取り組みの中で信頼回復を図っていくと。
城田 ええ。今回の様々な反省も踏まえて、「保険本来の価値」、つまりお客様のリスクや課題を正しく把握し、適切な提案をしていきます。
その提案は、保険はもちろんですが、保険だけではお役に立てない分野もありますから、「保険プラスアルファ」で、ソリューションを開発して提供し、お役に立てる領域を広げていく。保険の事前事後、周辺にある経営課題にまでしっかりお役に立てるように取り組みます。
─ すでに、新しいソリューションは出てきていますか。
城田 24年4月時点で約60のソリューションを開発しています。ただ、経験がない分野もありますから、本当にお客様に説明できるかも含め、まずは行動、提案し、お役に立てなければ見直していく。そうした活動を通じて、将来的には損保、生保に並ぶ事業の柱にしていきたいと思います。
信頼回復に向けた取り組みを、全員で、代理店も含めて本気で取り組みつつ、一方でお客様のお役に立てる領域を広げていく。これによって国内でもまだ成長し続けることができると考えています。
営業現場からの積み上げで目標を設定
─ 改めて、「価格調整問題」についてですが、会社もそうですし業界全体で変わっていかなければならない問題だと思います。現時点まででどう取り組み、今後どう変えていきますか。
城田 まず、反省すべきは真摯に反省し、我々のパーパス、「お客様や社会の〝いつも〟を支え、〝いざ〟をお守りする」を実現するために、お客様起点で会社の制度や慣習をしっかり見直していく必要があります。そのために先頭に立って、本気で取り組んでいくことに尽きます。具体的には、政策保有株の解消や、過度な本業協力を見直していくということだと思います。
一方、営業目標や、それに連動する社内の表彰制度や人事制度などを、お客様起点になっているかという観点で、1つずつ見直しを進めています。
また、個社としては今お話したことに取り組みつつ、業界共通で進めていかなければいけない領域もあると思います。先程申し上げた本業協力などは、まさにそうした分野です。今、有識者会議が始まっていますが、その推移を見守ると同時に、ただ待つのではなく、我々ができることをやり、業界共通のガイドラインに向けての議論も同時並行で進めたいと思います。
─ 社内の評価が売上高やシェアを重視する形になっていたものを変えていく。これは大きな転換になりますね。
城田 例えば営業目標で言えば、それ自体が悪いものだとは思っていません。目指す到達点は誰もが取り組む時には必要だからです。ただ、それが目的化してしまった面があるのではないかという課題認識もあります。
それをどう見直すかですが、目標はどうしても本社から下ろす形になっており、営業現場は受け身で、その目標に対して様々な捉え方をしてしまう。そこで今後は、営業現場がパーパスの実現に向け、お客様起点で何をお届けするかの議論を積み上げて、それを目標として納得感を持って行動するというサイクルに変えたいと思います。
これによって適切な成果を出すと同時に、それがお客様満足を伴っているかも、しっかり分析していきます。
このプロセスで、現場が自分たちで考えて行動することが重要だと思っています。それによって1人ひとりの意識が、よりお客様起点に向かうことも期待しているんです。
─ 価格調整問題は、災害の激甚化による支払い増加などで収支が悪化していることも背景にあるのではないかと見られています。どう考えていますか。
城田 確かに、環境変化というのは要因としてあると思います。その流れの中で、本来はそのことをしっかりお客様にご説明し、保険の仕組みなどをご理解いただくという活動が、もっと必要だったはずなんです。経営としても、現場がそうした活動ができるような環境づくりができていなかったのではないかという反省があります。
先ほど、保険本来の価値と申し上げましたが、そこに立ち返り、お客様のリスクや課題を踏まえて適切な提案をする。その中で保険の仕組みや置かれている環境を正しくお伝えしながら、適正で、健全な競争環境をつくっていきたいと思います。
3つの領域で60の新ソリューション
─ 自動者保険も人口減少や車両構成の変化などで先行きが懸念されています。今後の見通しは?
城田 自動車保険は将来的には成長が鈍化していくと思いますし、軽自動車人気などで車両構成も変化していますが、しばらくマーケット全体は横ばいの流れだと見ています。
ただ、足元ではインフレが加速しており修理費の高騰が続いていますし、交通量の増加などもあり事故率が上昇しています。コンバインドレシオ(保険料収入に占める保険金支払いの割合を表す損害率と、保険料収入に占める経費の割合を表す事業費率を足したもの)は、この10年間で最も厳しい状況です。
21年、22年と2年連続で自動車保険の料率を引き下げていましたが、現状はコロナ前の事故件数を超え、事故頻度も高まっている状況で、24年1月には料率を上げさせていただきました。
自動車保険は被害者救済機能を果たすものですから、持続的かつ安定的に供給するのは我々の役割です。その前提で、安定したサービス提供に向けて何ができるかを、しっかり考えながら進めていきます。
─ 冒頭にお話いただいたソリューションを、すでに約60個開発しているとのことですが、どう収益化していきますか。
城田 この60のソリューションの中身ですが、大きくは3つの領域を対象にしています。1つ目はコンサルティングです。TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)に関するコンサルは1つの例です。
2つ目が最も数が多いのですが、ビジネスマッチングです。高い技術を持つ会社と我々が組み、その技術をご紹介していくような取り組みです。3つ目はシステム販売です。例えば、運送会社の運行管理や従業員の勤怠管理、日報の作成といったシステムを用意しています。
これら3つの分野で、仮説に基づいて様々なソリューションを開発していますが、現時点までで保険しか販売したことがない社員、代理店ですから、彼らが販売スキルを身に付ける必要があります。
まずはお客様にお届けし、そのご意見、反応を聞いて、そのソリューションがお役に立てるものなのかを確認し、ブラッシュアップしていきます。やはり行動しないと気づきもありませんし、PDCA(計画・実行・測定・改善)を回すことができません。まずは実践を第一に、販売できる代理店を徐々に拡大していきます。
─ 先ほど、「会社を作り変える覚悟」という話をされていましたが、かなり難しい仕事になると思います。その難しさは実感していますか。
城田 若い頃からスケールは小さいですが、会社の中で様々なことを変えてきました。基本は世の中の変化を踏まえて、会社は変わり続けなければいけません。私自身は変わること、変えることに関する特別な意識は持っていません。
ただ、私自身の役割が徐々に大きくなり、今は事業会社のトップに就きましたから、関係者、社員と「変わらなくてはならない」という思いを共有することが重要です。
そして我々のパートナーである代理店にも正しく理解してもらうために、しっかり説明することが必要です。そうして代理店と一緒になってお客様に選ばれる存在になる。そのための活動を愚直にやり続けます。
剣道を通じて自分を見つめる経験
─ ところで、城田さんは剣道に打ち込み、7段を持っているそうですね。始めたきっかけは何でしたか。
城田 始めたのは小学校2年生の時です。兄が先にやっていて、親によると私が自分もやりたいと言い出したそうです。
─ 剣道の面白みはどういうところにあると感じますか。
城田 怖い先生が多かったですし、小さい頃は正直面白いと思ったことはありませんでした。武道ですから人格形成、教育的な側面も強く、礼儀もきちんとしなければなりません。
ただ、団体戦においてチームで勝つ喜びや、一緒に勝利を目指して頑張ることの素晴らしさを感じたことで、続けることができたのだろうと思います。
そして試合は1対1の勝負ですから、自分を見つめる機会が多い。これは重い経験です。自分が弱気になって、勝負を逃げて負けるといった苦い経験なども通して自分の人格が形成されて来ている部分があります。辛いけれども逃げてはいけないなと思いながら続けてきました。
大人になり、今では自分のペースでできるようになってきましたから、何となく武道としての深みも感じられるようになったかなと思います。
─ 大学卒業の時に、東京海上を志望した理由は?
城田 東京海上に大学の剣道部の先輩がいて、「受けないか」と言われたのがきっかけです。そうして最初にお会いした方に「保険業界は紙と鉛筆で仕事をするんだ」という言葉を言われたのが印象に残りました。
紙と鉛筆で仕事をするということは、自分の信頼がそのまま仕事に直結しますから、人間的な成長につながるということです。いい仕事だなと感じました。
そして自由闊達な企業風土だということも魅力に感じました。遠慮して自分の意見を言えない人間は評価されず、相手を尊重しながらもしっかり主張することが大事だというのは自分に合っているのではないかと。
こうしたよい企業風土をつないでいくためにも、反省の上に立って会社を変えていきたいと思います。