遺伝子組み換えが難しい細菌を、組み換えやすく改変することに成功した、と長浜バイオ大学と名古屋大学の研究グループが発表した。組み換えを困難にするハードルが、細菌が外来のDNAから身を守る防御機構にあることを裏付け、成果を導いた。改変したのは生物を利用し役立つ物質を作る「バイオものづくり」に有望とみられる細菌の一種。同じ手法を、さまざまな細菌に応用できる期待があるという。
組織や細胞、遺伝子などの生物の部品を組み合わせて生命の機能を設計し、目的の機能を持つ細胞や生物を作り出す「合成生物学」の研究が近年、活発だ。例えばゲノム(全遺伝情報)編集技術の「クリスパー・キャス9」が貢献しており、開発した米独の研究者2人が2020年にノーベル化学賞を受賞している。合成生物学を物質生産に利用するのがバイオものづくりで、化石資源を使わない“持続可能な”物質生産として、各国で重要分野と位置づけられている。
バイオものづくりには、微生物の基となる「基盤微生物」が必要で、遺伝子を組み換えやすい大腸菌が多用されてきた。例えば糖尿病患者の血糖値を下げるインスリン製剤の製造では、ヒトのインスリンの遺伝子を大腸菌に組み込み、発現させている。ただ自然界の細菌の多くは、人類が利用するための遺伝子組み換えが困難で、利用しにくい。大腸菌が生存できない環境でも増殖でき、より複雑な物質を作れる基盤微生物が求められてきた。
こうした中で研究グループは、有望な細菌としてアシネトバクター属細菌「Tol5(トルファイブ)」に注目した。Tol5はさまざまな炭化水素を栄養として利用でき、毒性が高い有機溶剤のトルエンを分解し、しかも生成物を回収しやすいなどの利点がある。一方、遺伝子組み換えが難しいとされてきた。
実験では、Tol5の外来DNAに対する防御機構に着目。これに関わる2つの遺伝子を欠損させた場合に、電気パルスを使い外来DNAを導入する効率が、約5.7万倍も向上した。Tol5の遺伝子組み換えが難しいのは、防御機構のためであることを実証した。
この遺伝子欠損Tol5株では、DNAの断片を連結して組み換えDNAを作る作業を、高価な薬品が必要な試験管内だけでなく、細胞内でも行うことに成功した。さらに、別のアシネトバクター属細菌を使って開発した遺伝子ツール(プラスミドDNA)を電気パルスで導入し、標的の遺伝子の塩基配列を書き換えることもできた。細菌ごとのオーダーメードでなく、別の細菌で作ったツールを使えることを示した。
自然界の細菌はさまざまなウイルスにさらされているが、それらの異物のDNAを排除する仕組みにより感染を免れている。細菌にとっては、人の手で導入される組み換えDNAも異物であり、同様に排除して身を守っているのだった。こうした防御機構は多くの細菌が持っており、これを壊す今回の手法を応用できれば、バイオものづくりの可能性が広がりそうだ。
研究グループによると、遺伝子組み換え困難の原因が防御機構にあるとの見方は従来あったが、科学的に裏付けたのは初めて。長浜バイオ大学バイオサイエンス学部フロンティアバイオサイエンス学科の石川聖人(まさひと)准教授(細菌分子遺伝学、生物工学)は「微生物を“飼いならす”ための大きな一歩になった。遺伝子組み換えは、人に役立つものを生み出す品種改良。一方で細菌の立場からすれば、ウイルスに感染させられることであり、身を守ろうとするのは当然だ。この防御機構を壊せば組み換えやすくなるのではと、人類がコロナのウイルスから逃れようとしている時期に着眼した。今後はファージ(細菌に感染するウイルス)の側の観点に立って研究してみたい」と話している。
成果は米微生物学会誌「アプライド・エンバイロメンタル・マイクロバイオロジー」に5月9日に掲載され、長浜バイオ大学などが同10日発表した。研究は科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業の支援を受けた。
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