冨山和彦の「わたしの一冊」『美術の物語』

美術という学び多きエンターテインメントの世界へ誘う

 美術を学ぶ人々、美術鑑賞愛好家の間では鉄板の必携本である。古代から現代に至るまでの美術史の本とも言えるし、歴史書の形態を借りた美術教養本とも言える。600ページを超える大著だが、豊富な美しい写真と分かりやすくストーリー性豊かな説明によって、読みだすとなかなか止まらない、魅力的な一冊である。

 本書によって、私たちが博物館や美術館で目にする様々な作品や観光で訪れる遺跡遺構の見方が豊かになることは間違いない。仕事の合間、コーヒーを片手に本書を開けることで、たちどころに美の世界の物語の中に身を置くこともできる。そして疲れた頭と心を癒しリラックスさせてくれる。ちょっと高価だが、実にお買い得な本なのだ。

 自分は中高生時代、身の程をわきまえずに美術の世界で生きていくことにあこがれた時期があり、本書を知る機会を得た。最近、改めて最新刊を手に入れ、いつも机のわきに置いている。所詮、素人なので専門家ぶってうんちくを語る趣味もないし、芸術系は全て自分の「好き、嫌い」だけで鑑賞することにしている。その点、本書は専門書にありがちなうんちく知識を振りまわす押し付けがましさがないところもいい。

 美術は人類が積み上げてきた大いなる遺産の一つであり、それは過去から現代へ、現代から未来へつながって行く。本書の著者が、歴史の流れに沿って自然に美術を語っていることが示唆するように、美術は人間自身、社会自身の姿見であり、見方を変えればそれ自体が歴史書であり、良質な歴史エンターテイメントなのである。「賢者は歴史から学ぶ」と言う言葉があるが、美しいものを楽しみながら人として経営者として何かを学べるならこんなお得なことはない。加えてこの楽しみは終生続くはずだ。

 日頃、多くのストレス、目前の問題に忙殺されている経営者の皆さんを、美術という学び多きエンターテインメントの世界へ誘う格好の一冊である。

【著者に聞く】『諫言を容れる 経営のリーダーシップ』公益財団法人 産業雇用安定センター会長・矢野弘典