山形県山辺町の湖沼、「畑谷大沼」に生息する遺伝子型が異なるミジンコの2集団が共存しているのは、飼育下では負けて絶滅する側の集団が休眠卵を早めに産むことで長期に生き残る戦略をとっているためと東北大学などのグループが明らかにした。9年にわたる観測で休眠卵が不適な環境を乗り越えるだけでなく、競争による絶滅の回避や共存にも重要であることがわかった。今後その生態的意義や進化、分子機構の解明が期待されるとしている。
ミジンコ類は湖沼に生息する代表的な動物プランクトン。日本にいるミジンコは北米大陸からの侵入種で、オスとメスが交尾して子どもができることはなく、単為生殖によってクローンを生産し続ける。
水温20度下では約3日のペースで全く同じ遺伝子をもつ卵を育房に産み、脱皮時にクローンである子どもが外に出る。子どもは約1週間で成熟して卵を産むようになる。温度が低く、餌となる植物プランクトンがとれない冬は、体外に産み出した乾燥にも耐えることができる休眠卵が湖沼の底に沈んだまま春を待つ。
東北大学大学院生命科学研究科の占部城太郎教授(生態学、現名誉教授)と丸岡奈津美博士(生態学、現宇都宮大学博士研究員)らは、山形県にある広さ約19ヘクタール、最深部約8メートルの畑谷大沼に、見た目や住む場所、食べるエサはほぼ同じだが遺伝子型は異なるミジンコ2集団(JPN1とJPN2)がいることに気づいた。研究グループは2009年から18年まで1カ月に1度調査に通い、2集団の個体数を記録した。
調査時にはミジンコを捕まえて1匹ごとにDNAを取り出して遺伝子配列を読み取り、JPN1かJPN2かを特定した。それぞれの個体数密度と割合を求めると、おおむねJPN1の方がJPN2より多かった。室内で水槽に同じ数のJPN1とJPN2を入れて育てる実験をすると、JPN1が競争に勝って数を増やし、JPN2は絶滅することから、2集団ではJPN1が競争優位集団で、JPN2は劣位集団となる。
室内飼育下だと、JPN2はJPN1との競争で絶滅するが、野外では毎年生き残っている。これは休眠卵の数自体が多いためではないかと丸岡博士研究員らは考え、湖底にある休眠卵を数えると、JPN1とJPN2で差はなかった。個体数はJPN2の方が少ないのにもかかわらず、休眠卵数に差がないのはJPN2の個体あたりの休眠卵生産数が多いことを示す。
丸岡博士研究員らは次に、JPN1やJPN2がそれぞれの増加を感じ取って休眠卵を産む可能性があるのではないかと考えた。JPN1とJPN2を別々の水槽に入れて高密度で飼育してからミジンコをこしとった飼育水を用意して実験を行うと、JPN1を高密度で育てた飼育水に入れられたJPN2は即座に休眠卵を産み始めた。その上、自身が高密度でいた飼育水の時よりも多くの休眠卵を産んだ。一方、JPN1では同様の環境で休眠卵の生産増加はみられなかった。
野外観察と室内実験の結果から、競争では劣位なJPN2集団が優位なJPN1集団と長期にわたって共存しているのは、JPN2が競争者の増加を察知し、排除される前に休眠卵を産むことで翌年以後の個体群を形成できるからだと分かった。
占部名誉教授は「個体数で毎年多いJPN1集団は、休眠卵の生産時期が比較的遅く、休眠卵を産む前に魚などに食われてしまう危険がある」といい、「環境変動が不確かな状況では休眠卵の生産が長期的な生き残り戦略になりうる」としている。今後、丸岡博士研究員は、遺伝子型の違うミジンコで休眠卵の生産の仕方が違う機構や分子的なメカニズムの解明を目指すという。
研究は、4月8日付の英生態学会誌「ファンクショナル エコロジー」に掲載された。
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