京都大学(京大)は5月29日、中央アジアのキルギス共和国で採取された野生ユキヒョウ(Panthera uncia)の糞サンプル90個に「DNAメタバーコーディング解析」を適用し、その中の餌動物と植物のDNAを網羅的に同定した結果、糞中から植物のミリカリア属が最も頻繁に発見され、特に餌動物が検出されなかったサンプルで同植物の出現頻度が高かったことから、ユキヒョウは空腹時にこの植物を食べている可能性があることがわかったと発表した。
同成果は、京大 野生動物研究センターの義村弘仁大学院生(研究当時)、同・斉惠元大学院生(研究当時)、京大大学院 アジア・アフリカ地域研究研究科の木下こづえ准教授らの研究チームによるもの。詳細は、英国王立協会が刊行する科学全般を扱うオープンアクセスジャーナル「Royal Society Open Science」に掲載された。
ネコ科動物は完全肉食と考えられており、他の動物の肉を食べることに特化した形態や生理、行動の特徴を有する。しかし実際には、ネコ科動物は野生および飼育下では植物を摂取することもよく知られている。植物を分解して栄養源とする能力は乏しいにもかかわらず、なぜ植物を摂取するのかは正確にはわかっていないが、補助的な栄養や水分の補給、薬効成分による病気や寄生虫への対策、消化の促進など、さまざまな仮説が提案されており、そうした既存仮説の検証や新たな仮説を提案するには、野生のネコ科動物がどのような植物を食べているのかを解明することが重要とされていた。
ユキヒョウは、南アジアから中央アジアにかけての高山地帯に生息するネコ科動物で、現存する41種のネコ科動物のうち、24種の糞に植物が含まれていたことが確認されているが、特にユキヒョウの糞には植物が含まれていることがよく観察されるという。これまでの研究では、イネ科やミリカリア属の灌木が記録されており、ある調査では糞の45%にミリカリア属が含まれていたとする報告もある。しかし、他の植物種については詳しく調べられていないこともあり、ミリカリア属が他の植物よりも頻繁にユキヒョウ糞中に検出されるのかどうか、また他の動物と比較してユキヒョウに特有の現象なのかどうかはわかっていなかったという。そこで研究チームは今回、ユキヒョウと他のほ乳類の糞中に検出される植物の種類を網羅的に調査することにしたという。
今回の研究では、キルギス共和国のサリチャト・エルタシュ保護区で、野生ユキヒョウの糞90個と、他のほ乳類の糞36個を採取。糞からDNAを抽出し、DNAメタバーコーディング解析により、糞中の脊椎動物と植物の網羅的な同定が行われたところ、ユキヒョウの糞からはこれまでの報告の通り、ミリカリア属が最も頻繁に検出されたという。その一方で、他のほ乳類の糞からはミリカリア属が検出されることはほとんどなかったとするほか、この植物を含む糞は、餌動物を含まないことが多いことも確認したとする。
今回の研究で得られたユキヒョウの糞中に含まれる餌動物と植物の網羅的なリストは、ネコ科動物の植物食行動の適応的意義を理解するための仮説構築と今後の研究の基礎となることが考えられると研究チームでは説明しているほか、今回の知見は、ユキヒョウの飼育環境の改善や、自然生息地の保全計画にも寄与することが期待されるともしている。
なお、今後について研究チームでは、糞中に含まれる植物の地域比較を行い、どのような特徴を持つ植物が頻繁に検出されるのかを調べていくとしているほか、他のネコ科動物との比較も行い、植物の特徴や動物の生理に着目した実験的研究を進めることで、植物食行動の適応的意義を明らかにすることを目指すとしている。