大阪大学(阪大)と名古屋大学(名大)は5月28日、軟磁性材料として知られる合金「アルパーム」(Fe3Al)中の、鉄とアルミニウムの各原子の規則配列の速度および移動のし易さの関係における、約90年にわたる謎を解決したことを共同で発表した。

同成果は、阪大大学院 工学研究科の柳玉恒特任助教(常勤)、同・奥川将行助教、同・小泉雄一郎教授、名大大学院 工学研究科の足立吉隆教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、ナノ構造を含む無機材料の全般を扱う学術誌「Acta Materialia」に掲載された。

アルパームは、鉄とアルミニウムが3対1を基本とする割合で規則的かつ三次元的に配列した「D03型構造」を有した物質。熱処理や組成(配合割合)によって特性が大きく変化し、従来はチタン・ニッケル合金のような単価の高い合金でしか実現されていない超弾性や形状記憶効果なども発見されており、それは鉄とアルミニウムの原子の規則配列が関係していると考えられている。ただし、その特性を決定する原子の規則配列を制御する熱処理条件の最適化については、これまでは実験的な試行錯誤を経て見つけ出すしかなかったという。

原子の規則配列は、原子の移動の繰り返しによって生じるため、2種類以上の元素が混じり合う速度や放射性同位体元素の移動速度から評価される「拡散データ」を用いれば、原子の規則配列の速度も予測できると考えられてきたが、実証されていなかった。

  • 逆位相境界移動の計算と実験の比較と係数の導出

    逆位相境界移動の計算と実験の比較と係数の導出(出所:名大プレスリリースPDF)

その理由は、規則配列の発達する過程を、結晶全体の平均的な原子配列の規則性の変化と、規則配列の位相のずれた領域同士の界面の移動と原子の移動との関係が、明確ではなかったことにあるという。さらには、界面の三次元形状およびその変化を実験観察することができないことも長年の問題だったとする。

  • 碁盤目状にランダムに並んだ白と黒の碁石と、規則配列した領域同士の位相がずれた界面

    碁盤目状にランダムに並んだ白と黒の碁石(左)と、規則配列した領域同士の位相がずれた界面(逆位相境界)(出所:名大プレスリリースPDF)

研究チームの小泉教授は阪大の助手だった20年以上前に、原子の移動速度と規則配列の形成速度を関連付ける研究に着手したが、非常に難題だったという。その理由は主に以下の2点の過程によるという。

  1. 原子の規則配列が形成される過程が、直接隣り合う原子同士の種類が規則的になる過程
  2. 規則配列ができた領域同士が出会った際に規則配列にずれがある場合に形成される界面の移動と消滅する過程

特に、(2)の界面移動速度を決める因子が明確では無かったことが困難を極めた要因だったとする。そこで今回の研究では、20年前に蓄積された逆位相境界の三次元成長のデータを、専門知識を持った研究者を研究チームに迎え、20年間の研究と技術の進展を駆使して改めて解析し直すことにしたという。

  • アルパームのD03型規則構造と4副格子モデル

    アルパームのD03型規則構造(左)と4副格子モデル(出所:名大プレスリリースPDF)

その結果、原子の規則配列速度の温度依存性が、原子の規則配列が崩れた不規則状態にあるアルパーム中の原子の移動速度の温度依存性によって説明できることが示されたとした。さらに、各界面の曲率を評価することで、さまざまな方向へ複雑に界面が移動する三次元での規則化過程と、二次元での規則化過程速度の定量的な関係を明らかにすることも可能となった。これまで、二次元断面で切り取って観察することしかできなかった三次元的な界面移動を評価することが可能となったとする。

  • アルパームの規則ドメイン境界近傍での原子空孔(v)の移動による逆位相境界の移動

    アルパームの規則ドメイン境界(逆位相境界)近傍での原子空孔(v)の移動による逆位相境界の移動。背景の色は、画像3(右)の4副格子モデルにおけるアルミニウム原子の位置の色と対応させている(出所:名大プレスリリースPDF)

2種類以上の元素が格子上で規則的に配列し、碁盤目に揃うその過程には、大きく分けて2つの段階があるという。それは、碁盤目上に白と黒の碁石をランダムに置いた状態に例えるとわかりやすい。白黒を交互に規則正しく並べようとする場合、白と白、または黒と黒が隣り合っているところを見付けたら、それを解消するように碁石を次々と入れ換えていくことで、配列の規則性を高くすることが可能。しかし、その作業を1人でする場合はすべてを規則正しくするのに途中で問題が生じることはないが、たとえば4人で四隅からそれを行った場合は、それぞれの規則的に配列した領域が接した際に、白と白あるいは黒と黒が隣り合ってしまう配置になる場合もある。こうなると、その境界上の碁石の位置をまた1つずつずらしていかねばならない。これと同じようなことが、2種類の原子を規則的に配列させる際にも生じるという。

  • 規則ドメインと規則ドメイン境界の定義

    規則ドメイン(逆位相領域)と規則ドメイン境界(逆位相領域境界、熱的逆位相境界)の定義(出所:名大プレスリリースPDF)

今回の研究では、D03型構造が形成される際に、原子の並べかえ易さが、「ランダムな状態から規則的に並べ始める際の速度」と、「原子の並ぶ順番に食い違いが生じた境界(逆位相境界)が生じた状態で、境界上にある原子の位置を置き換える時の速度」がほぼ同じであることも、詳細な実験データとコンピュータシミュレーションから解明された。

これにより、アルパームに超弾性や形状記憶特性を発現させるための最適な熱処理条件を、試行錯誤に依らずに決定する技術や、使用中に規則配列が変化して特性が変化することを予測する技術を構築する際に役立つものとして期待されるとしている。