利用時にCO2が排出されないクリーンなエネルギーとして注目される「水素」。2024年5月17日には「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律(水素社会推進法)」が参議院本会議で可決され、成立するなど、日本社会全体として低炭素社会の実現に向けた取り組みを加速させようと着々を歩みが進みつつある。

そうした低炭素社会の実現に重要になってくるのが、実際に利用される水素やアンモニアなどの安全な運搬。中でも水素は気体での運搬は効率が悪いため、体積を気体の800分の1にできる液化(およそ-253℃が沸点であり、それ以下にすることで液体となる)して運ぶことで効率を高めることが求められている。しかし、これまで液体水素タンク内の正確な様子を把握するためには、水素の漏出を防ぎつつ、各種センサを内部に入れるための専用の気密端子が存在しておらず、安全な運搬の実現のためにもその実用化が待たれていた。

  • 水素の社会実装モデル例

    水素の社会実装モデル例 (出所:経済産業省/資源エネルギー庁 水素社会実現に向けた社会実装モデルについて、2021年8月)

  • 水素キャリアを活用した水素サプライチェーンの例

    水素キャリアを活用した水素サプライチェーンの例 (出所:経済産業省/資源エネルギー庁 水素社会実現に向けた社会実装モデルについて、2021年8月)

  • 水素キャリアの例

    水素キャリアの例。液体水素のほか、アンモニアやメチルシクロヘキサン(MCH)なども想定されている (出所:経済産業省/資源エネルギー庁 水素社会実現に向けた社会実装モデルについて、2021年8月

2024年3月、京セラは満を持して、5MPa(およそ50気圧)を超す圧力の液化水素流通環境下での高い気密性を有する液体水素用ハーメチックシール(気密端子)を宇宙航空研究開発機構(JAXA)と協力して開発。水素社会の実現に重要な液体水素の安全な運搬の実現に前進したことを明らかにした。

素材選びから進められた液体水素用ハーメチックシール開発

京セラが開発した液体水素用ハーメチックシールは、JAXAと液体水素に関する技術開発の一環として2016年より進められてきた取り組みの成果物の1つ。同社はこの開発以前からハーメチックシール分野においてJAXAと付き合いがあったが、当時は宇宙向けならびに液体水素の専用品というものではなかったという。

そうしたJAXAとの付き合いが進む一方、社会全体としての水素の活用に向けた動きが徐々に盛り上がりを見せるようになっていった。水素の活用法としては、ガソリンのように液体水素を水素ステーションに保管しておいて、燃料電池車(FCV)に充填するといったものが想定される。液体水素はアンモニアなど、ほかの水素キャリアに比べて純度が高いが、その扱いには細心の注意が必要となる。

そのためにも貯蔵庫内の状況をつぶさに把握しておく必要がある。京セラでは今回、10ピンおよび真空用部品としては最大数となる48ピンという2種類の液体水素用ハーメチックシールを開発した。このピンを介して、貯蔵庫の内部と外部で水素を漏出させずに信号のやり取りが可能となる。具体的には、液体水素の容量把握、温度計測などのニーズが考えられている。

  • 液体水素用ハーメチックシール
  • 液体水素用ハーメチックシール
  • 京セラが開発した液体水素用ハーメチックシール。48ピン(左)と10ピン(右)。ニーズに応じて使い分けることを想定している

同社では、今回の開発成功を機に2030年に向けて製品化を計画しているとするが、それまでの間に、どういったニーズが実際にあり、どの程度の市場規模になるのか、といった調査を進めつつ、複数のパートナーと試作品を活用したソリューション開発を進め、今回開発した10ピンならびに48ピンとは異なるタイプ(例えば同軸)の端子開発も進めていき、将来的にはカタログに収録される一般製品へと発展させていきたいとする。

パートナーとして、すでに液化水素の運搬船の実証にも活用されており、JAXAとの研究としての実証のみならず、実際の現場での運用でも問題がないことが徐々に示されつつあるという。液体水素用ハーメチックシールの開発にも関わった京セラ ファインセラミック事業本部の吉住浩之氏は「密閉された空間で水素が漏れると大事故につながる(編集注:気体濃度が4%を超えて、酸素と急激に反応すると爆発が生じる)。水素の社会実装が進めば、そうした事故を起こさないためにもさらなる安全が求められることになる。これまで実際に(液体水素用ハーメチックシールとして)実証されて大丈夫と言えるものは世の中にまだないので、今後も1つ1つ実証を重ねていきたい。セラミックはほかの素材の材料に比べて高い気密性を実現しつつ、温度環境の変化に対しては強さも有している。また、真空気密部品向けで培った1×10-10Pa・m3/sという漏れ量に抑える技術も有している」と、今回開発した技術レベルの高さを強調する。

  • 京セラ ファインセラミック事業本部の吉住浩之氏

    今回、話を伺った京セラ ファインセラミック事業本部の吉住浩之氏

また、開発に際しては、素材選びからスタート。極低温環境においては、物質の特性が常温環境下と異なることもあり、さまざまな探索を実施。-253℃の極低温に耐えられるのかといった低温脆化や水素脆化など、さまざまな視点から耐えられる素材を開発し、それをJAXAと協力してJAXA能代ロケット実験場にて各種の試験方法や評価方法を協力して作り上げていくことで、液体水素に最適な素材と評価方法の確立が進められていったことも、今後の社会実装に向けた重要なポイントになるとする。

「ハーメチックシールにはいろいろな手法があり、いろいろと皆さん考えているが、京セラとしては超高真空製品をベースに開発を実施。超高真空と液体水素とは違う世界であるということを確認して、液体水素という新たな世界に対する知見の蓄積を重ねてきた。今回、日本でもトップクラスの液体水素に関する知見を有するJAXAの協力のもと、ハーメチックシールの性能についての評価方法の確立を図ることができたこと、ならびに実証パートナーからも実用に耐えうるものという評価をもらえるまでになってきたことは、自分たちができることをしっかりとやってきたことが評価された結果だ」と吉住氏は手ごたえを語る。

広くパートナーを募集することで水素社会の実現を加速

今後は2030年の製品化に向け、同社のハーメチックシールを活用したいパートナーと秘密保持契約を交わす形で、実用に向けたすり合わせが進められていく予定。「個別対応となるので、興味がある企業はぜひ声をかけてもらいたい」と吉住氏は、水素社会の実現に共感してくれるパートナー向けて、広く門戸を開けて待っていることを宣言する。

脱炭素は日本のみならず、世界的に解決すべき課題であり、その解決の鍵を握る水素の活用。京セラとJAXAの共創による今回の成果は、手軽かつ安全な水素活用が可能な社会の実現に向けた重要なピースが埋まったと言えるものとなるだろう。たかがハーメチックシール、されどハーメチックシール。水素社会の実現に向けた縁の下を支える存在として、今後、どのようにその適用範囲を拡大していくのか注目である。