東北大学と国立国際医療研究センター研究所(NCGM)は5月27日、個体の老化と共に老化して各種血液細胞の産生能力が低下するにも関わらず、その数だけは増えていく特徴がある「造血幹細胞」(HSC)に対して、加齢HSCに特徴的な代謝特性を解明し、代謝経路の中でも特にミトコンドリアを介した好気呼吸を柔軟に活性化していることを突き止めたと共同で発表した。
同成果は、東北大大学院 医学系研究科 幹細胞医学分野の田久保圭誉教授(NCGM プロジェクト長兼任)、同・小林央准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、幹細胞に関する全般を扱う学術誌「Cell Stem Cell」に掲載された。
加齢HSCは、他の組織の老化細胞と同じく、増殖の刺激に対して若い幹細胞よりも分裂能力が低いにも関わらず、体内では加齢HSCは数が増えることが知られていたが、その理由は不明だった。そこで研究チームは今回、老化と密接に関連する細胞内のエネルギー代謝に着目し、高齢マウスを用いて、加齢HSCと若い(若齢)HSCとの比較を行うことにしたという。
まず加齢HSCの増殖理由を調べるため、独自開発の生体内環境を模倣した培養条件で、加齢および若齢HSCが同じ培養器内に入れられた。すると、サイトカインを多く含む培地では若齢HSCが加齢HSCよりもよく増えたが、生体内を模倣したサイトカインの乏しい培地では加齢HSCの方がとりわけ増えることが確認された。これは、サイトカインが低い条件において加齢HSCだけに備わった増殖を有利にする仕組みがあることを意味するという。
サイトカインが低い条件は、細胞のエネルギー代謝が低下することから、加齢HSCの代謝がどう変化しているのかが調べられた。まず、解糖系による「アデノシン三リン酸」(ATP)の産生が減弱している「Pgam1遺伝子誘導欠失マウス」のHSC数が調べられたところ、若いマウスではHSC数が顕著に減少していたが、、高齢マウスのHSC数は野生型マウスと同等以上だったとした。この結果は、加齢HSCのATP産生においては、解糖系が必ずしも必要ではないということを意味するという。
代わりにエネルギー産生を担っているのがミトコンドリアと推測されたことから、その検証するため、炭素の安定同位体13Cで標識したブドウ糖がどのような代謝物に取り込まれるかが測定された。その結果、加齢および若齢HSCのミトコンドリアの代謝物は、ブドウ糖由来ではないことが判明。特に、加齢HSCでのブドウ糖は主に「ペントースリン酸回路」に流入しており、加齢に伴う活性酸素への耐性獲得に使われていることが考えられるとした。以上のことから、加齢HSCのミトコンドリアはブドウ糖以外の栄養素を使ってATPを合成している可能性が推測された。
そこで、HSCのATP濃度を直接測定できる「GO-ATeam2マウス」を使って、解糖系を使えない状況で脂肪酸を栄養源に加え、加齢および若齢HSCのATP濃度の変化が比較された。すると、多くの加齢HSCでは若齢HSCと異なり、3時間にわたりATPの濃度が維持されたという。さらに、ミトコンドリアの呼吸能が測定されたところ、加齢HSCのミトコンドリアの機能は若齢HSCよりも高いことが突き止められた。従来、老化した幹細胞はミトコンドリア機能が低下すると考えられていたが、それとは異なる結果だったという。
そしてさまざまな検討の結果、ミトコンドリアの電子伝達系を構成する分子である「SDHAF1」が、加齢HSCで増加していることが見出された。同分子は、HSCに必須のサイトカイン「トロンボポエチン」を体内と同程度の低い濃度で作用させることで発現が上昇する。そのことから、生理的な環境そのものが、加齢HSCにおける同分子の上昇に寄与する可能性が推測された。
また、同分子が発現させられたHSCは、高いミトコンドリアの呼吸能や、共培養した時に低いサイトカイン環境で生存が有利である、といった加齢HSCと同様の特徴が再現されたとする。逆に、加齢HSCにおいて同分子の遺伝子が欠失させられたところ、低サイトカイン環境における生存優位性が消失することがわかった。
以上のことから、SDHAF1を介したミトコンドリアの効率的なATP産生によって、厳しい代謝・栄養環境での生き残りやすさを獲得することで数が増加していく、という幹細胞の新しい老化メカニズムが提唱された。
しかし、加齢HSCが成熟した血球を作りにくくするメカニズムや、高いサイトカイン環境で分裂しにくい現象などは未解明のままだ。ただし、これらの現象もHSCの生存優位性という観点で見ると、成熟血球を生み出す代わりに自分自身を複製し続けるという幹細胞としての性質が増強していると捉えることができ、最終的にはHSCが加齢に伴って生き残りやすくなるための戦略と考えることもできるとする。
今後、他の臓器の幹細胞システムにおいても同じような老化メカニズムが存在するのかどうかが検証される必要があるとする。また、今回示されたような生存優位性の獲得は、細胞ががん化する際にも見られる現象。今後は、白血病などの悪性腫瘍においても、同じような代謝能力の獲得を介した増殖能の亢進などがあるのかどうかも調べていく必要があるとしている。