東京医科歯科大学(TMDU)と産業技術総合研究所(産総研)は5月24日、複数の量子プロセッサを光子によって接続し、量子ビット数を飛躍的に増やす「分散型」量子コンピュータの実現に応用が可能な技術として、「マイクロ波光子」(以下「MW光子」と略)を「超伝導人工原子」(以下「SA原子」と略)に1回反射させるだけで両者の持つ量子ビットを交換できることを実証したと共同で発表した。
同成果は、TMDU 教養部の越野和樹准教授、産総研 量子・AI融合技術ビジネス開発グローバル研究センター 量子デバイス計測チームの猪股邦宏チーム長らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国物理学会が刊行する応用物理学全般を扱う学術誌「Physical Review Applied」に掲載された。
量子ビットの物理的実装には複数の種類があるが、超伝導回路を用いるものが最も開発が進んでいるうちの1つで、現在では数百個の超伝導量子ビットを内包した量子プロセッサが作製されている。しかし、真に有用な量子コンピュータの実現には、さらに桁違いに多くの量子ビットが必要。ところが、配線や発熱などの技術的問題のため、1つの量子プロセッサに集積できる量子ビット数には上限があり、現状からの劇的な改善は期待できないという。そこで、光子のように動く粒子を量子ビットとして用いて、複数の量子プロセッサを接続することにより、量子ビット数を飛躍的に増大させる分散型量子コンピュータが有力な解決策として期待されている。
SA原子は、超伝導状態にある「非線形LC回路」(通常のLC回路のコイルを、非線形インダクタであるジョセフソン接合によって置き換えた電気回路のこと)によって実現される。一方、MW光子としては2種類のキャリア周波数を持つ単一光子が用いられる。今回の研究で用いられたデバイスでは、SA原子が共振器を介して導波路に結合されている。SA原子を適切な周波数および強度を持つマイクロ波でドライブし、それに合わせてMW光子を導波路から入射すると、反射後に両者の量子情報が交換される(「二量子ビットの交換(SWAP)ゲート」)。
これまでに、SA原子からMW光子へ、あるいはMW光子からSA原子へと、一量子ビットを一方向へと転送する報告はされていた。そこで研究チームは今回、SA原子とMW光子の間で二量子ビットの交換が実際に起こっていることを実験的に確認することにしたという。
MW光子からSA原子への転送実験では、任意の始状態にあるMW光子を基底状態にあるSA原子に入射させ、反射後のSA原子の量子状態が測定される。本来の交換ゲートではマイクロ波として単一光子が入射させられるが、今回の研究では微弱コヒーレント光パルスが入射させられ、反射後のSA原子状態の平均光子数依存性から単一光子入射に対する結果が推定された。
6種類の入射マイクロ波状態に対する、反射後のSA原子の「密度行列」(量子ビットのように2つの状態で表される物理系の量子状態を、2×2のエルミート行列で表現したもの)をプロットすると、MW光子の始状態とSA原子の終状態がよく一致しており、間違いなく量子ビットが転送されていることが確認された。なお、6種類の入力状態に対する忠実度の平均値は0.826だった。忠実度とは、2つの量子ビット状態の近さを表す尺度のことで、2つの量子ビットが完全に異なる場合に0、同じ場合に1となる。
次に、SA原子からMW光子への転送実験が行われた。まず予備的に、SA原子およびMW光子の始状態を仮定し、その反射後のマイクロ波パルスの振幅が測定された。次に、任意の始状態に準備したSA原子に対し、単色のMW光子が入射させられ、反射後のマイクロ波パルスの振幅が測定された。これら4種類の出力振幅の重なり積分を計算することで、反射後のMW光子の終状態が推定された。
6種類のSA原子の始状態に対する反射後のMW光子の密度行列がプロットされたところ、SA原子の始状態とMW光子の終状態がよく一致しており、こちらも待ちがなく量子ビットが転送されていることが確認された。6種類の入力状態に対する忠実度の平均値は0.801だった。
今回用いられたSA原子-共振器結合系は、超伝導量子プロセッサでは標準的に採用されている構成だ。そのため、今回実証されたSA原子とMW光子との相互作用方式は、最新プロセッサに直ちに適用できるという。また、SA原子に印加するドライブ波の周波数・強度を調整することで、ゲートの種類を自在に制御することが可能な点も今回の優れた点とする。たとえば、今回の相互作用方式を「量子ビット交換」から「量子もつれ生成」に容易に変更することも可能だという。これらの優れた点を活かした「分散型」超伝導量子コンピュータの実現に向け、さまざまな応用が期待されるとしている。