岡山大学は5月24日、骨組織の主要構成成分である「リン酸カルシウム」(ハイドロキシアパタイト)の多孔化制御により、真皮や肝臓などの生体軟組織と接着・脱着できる無機セラミックス系固体接着材(プレート型の接着材料)を開発したことを発表した。

同成果は、岡山大 学術研究院 医歯薬学域(歯) 生体材料学分野の松本卓也教授、同・岡田正弘准教授(現・東北大学大学院 歯学研究科)、神戸大学大学院 医学研究科 肝胆膵外科学分野の福本巧教授、同・柳本泰明特命教授を中心に、大阪大学や九州大学の研究者らも参加した共同研究チームによるもの。詳細は、材料・生体材料と工学・生物医学およびナノサイエンス・ナノテクノロジーを扱う学際的な学術誌「Advanced Healthcare Materials」に掲載された。

生体組織の接合や体内埋め込み型医療用デバイスの生体内への固定といった目的のため、高分子製の縫合糸や化学硬化型の高分子接着剤が現在広く使用されている。しかしこれらの接着技術は、煩雑な手技や長い硬化時間を必要とすることが課題となっており、こうした用途のためにより簡便かつ迅速に使用できる生体組織用接着技術の開発が強く望まれている。また接着用途に用いた後、簡便かつ組織に非侵襲で脱着できることが望ましいものの、そのような材料に至ってはこれまでほとんど開発されていなかったという。

そこで研究チームは今回、骨発生過程における無機物と有機物の安定化状態の理解から着想を得て、リン酸カルシウム粉末を原料に、生体組織への接着および脱着を実現できる接着材(今回開発されたものはプレート状の材料であるため、接着剤ではなく接着材と表記されている)を開発したとする。

リン酸カルシウムは、ヒトの骨組織を構成する主要な無機成分であり、生体親和性が高いこと、つまり生体への安全性が高い材料として広く知られている。今回の研究では、リン酸カルシウム微細ナノ粒子を合成して成形した後に、加熱処理を施し、多孔性(顕微鏡レベルで多数の穴が開いている状態)を制御したプレートが作製された。

そして、生体組織との接着について検討したところ、水分移動を大きく妨げる角化層を有する表皮に対して接着力を示さない一方で、角化層を有していない、真皮や腹腔内臓器に高い接着力を示すことが確認されたとのこと。なおこの接着力の発現に関しては、多孔質中に毛細管現象で吸水されることが1つのトリガーとなっているといい、また、移動する水分は主に組織構成分子が保有する「中間水」であることも解明された。

  • (左)今回開発されたリン酸カルシウム製軟組織接着材と接着力のグラフ。(右)今回開発された接着材を用いたブタ肝臓の持ち上げ実験

    (左)今回開発されたリン酸カルシウム製軟組織接着材の外観(上段)、顕微鏡拡大画像(中段)、材料を焼く温度が高くなるにつれて接着力が弱くなる(下段)。(右)今回開発された接着材を用いたブタ肝臓の持ち上げ実験の様子(出所:岡山大Webサイト)

今回開発された材料の接着力は、以前から生体組織用にて使用されているフィブリン系接着剤よりも3倍以上の接着強度になることが測定された。それに加え、従来の接着材は十分に重合してはじめて接着力を示すことから接着力が発現するまでに時間がある程度必要だったのに対し、今回開発された接着材は、軟組織に軽く圧接するだけで瞬時に接着することも特徴となっている。

さらに、接着界面に大量の水分を供給することで、組織に障害を残すことなく脱着できることも確認されたとのこと。実際のブタを用いた実験を通し、今回の材料を用いた肝臓の圧排を実現できることが確認されたという。そして、今回の材料は滅菌などの取り扱いも容易とした。

研究チームは今回の成果について、必要に応じて接着および脱着を行える優れた軟組織用接着材として、医療デバイスの体内固定など、外科処置の簡便化や多くの応用につながる成果としている。