東北大学は5月23日、人体の細胞が、活性酸素などにさらされて重度の酸化ストレスを受けた際、積極的に細胞死を起こして損傷細胞を排除する仕組みの詳細な機構について不明な点が多かったが、抗酸化応答に重要な転写因子「Nrf2」の活性化が積極的に抑制されることで、細胞死が効率よく起きる仕組みを発見したと発表した。

同成果は、東北大大学院 薬学研究科の平田祐介助教、同・中田悠靖修士、同・松沢厚教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、酸化還元生物学に関する全般を扱う学術誌「Free Radical Biology and Medicine」に掲載された。

  • Roquin-2/TAK1を介した酸化ストレス時の細胞応答制御機構

    Roquin-2/TAK1を介した酸化ストレス時の細胞応答制御機構。低~中程度の酸化ストレス時には、TAK1がNrf2を介して抗酸化システムを活性化することで、細胞生存を維持する。一方、重度の酸化ストレス時には、TAK1の4か所のシステイン残基が酸化されてジスルフィド結合(-S-S-)を形成し、TAK1多量体化を引き起こすことで、Roquin-2の結合およびユビキチン化反応が促進される。ユビキチン化を受けたTAK1が分解され、抗酸化システムが働かなくなる一方で、ASK1などの細胞死誘導機構が活性化することで、効率良く細胞死が引き起こされる(出所:東北大プレスリリースPDF)

ヒトを含めた酸素呼吸を行う生物は、細胞内のミトコンドリアの活躍により、酸素を活用して大きなエネルギーが産生されている。その一方で酸素は諸刃の剣であり、酸素呼吸を行う生物の細胞内では、代謝により恒常的に活性酸素が産生されるようになった。活性酸素はミトコンドリア呼吸の副産物などとして生成されてしまう、反応性の高い酸素分子種の総称で、DNAやタンパク質などを酸化して機能障害を引き起こし、さまざまな疾患や老化の原因となることがわかっている。

この活性酸素に加え、紫外線や病原体感染などのさまざまなストレスに曝されることで、細胞には酸化ストレスが生じる。軽度の酸化ストレスの際には、抗酸化応答を活性化することで細胞の生存が維持される。その際、重要な役割を担うのが「Nrf2」で、抗酸化応答に必要となる多岐にわたる遺伝子を発現誘導することで、抗酸化システムを作動させることが知られている。

一方、重度の酸化ストレスの際には、あえて積極的に細胞死(アポトーシス)を起こし、損傷を受けた細胞を排除することで生体の恒常性を維持する仕組みとなっている。代表的な細胞死誘導機構の1つが、酸化ストレス応答性のキナーゼ分子「ASK1」を介した細胞死誘導経路で、ストレス応答性MAPキナーゼ経路の活性化により細胞死を引き起こすことが知られている。この時、抗酸化応答の活性化は、細胞死誘導にとって邪魔になることから、抗酸化応答をOFFにすることで、細胞死を効率よく誘導する必要がある。

しかし、重度の酸化ストレス時にいかにして抗酸化システムを抑制するのか、その具体的なメカニズムは、現状ではほとんど不明だったという。そこで研究チームは今回、Nrf2に関する研究を行うことにしたとする。

研究の結果、Nrf2の活性化因子として知られているキナーゼ分子「TAK1」の新規結合因子をとして、ユビキチン化酵素「Roquin-2」の同定に成功した。そしてRoquin-2は、TAK1をユビキチン化し(76個のアミノ酸からなる比較的分子量の小さいタンパク質を付けること)、分解に導くことで、Nrf2活性化を抑制することが判明したという。

詳細な解析から、両者の結合およびTAK1ユビキチン化には、TAK1内にある4か所のシステイン残基(Cys96/Cys302/Cys486/Cys500)が、酸化ストレス時に酸化を受けることで「ジスルフィド結合」を形成し、TAK1の多量体化を引き起こすことが重要であることが示唆された。マウス胎児繊維芽細胞などの複数の培養細胞株においてRoquin-2が欠損させられたところ、過酸化水素などの酸化ストレスに対する耐性獲得(細胞死の抑制)が認められたという。またこの時、野生型細胞では、特に重度の酸化ストレス時にTAK1タンパク質が分解され、Nrf2活性化が抑制されていたが、Roquin-2欠損細胞では、TAK1分解の抑制およびNrf2の活性化の持続が確認された。

以上の結果から、重度の酸化ストレスに曝露された細胞では、TAK1がRoquin-2によるユビキチン化・分解を受け、Nrf2活性化、および抗酸化応答の活性化が抑制されることで、効率良く細胞死が起きることが示唆されたとした。

酸化ストレスに伴って積極的に細胞死を起こす機構は、とりわけ、細胞のがん化抑制に重要だという。酸化ストレスが蓄積した細胞が適切に細胞死を起こして除去されなくなると、DNA損傷によるがん化や、転移の促進などのがん悪性化が起きることが知られている。実際に、いくつかの種類のがんで、TAK1の発現上昇やNrf2の活性化促進が、がんの増悪に寄与することを示す報告があることから、今後は、今回の機構が発症・増悪の抑制に重要な役割を担っているがんの種類の特定を行うことで、実際にその重要性を検証する必要があるとした。さらに将来的には、今回の機構を人為的に活性化する手法の開発により、がんの予防・治療などにつながることが期待されるとしている。