日本郵船がアンモニアに注力する4つの狙い「日本の海事産業の復活を!」

「船の燃料転換は当面はLNG(液化天然ガス)が主流となるが、その先の新燃料としてはアンモニアがある」─。海運業界の脱炭素化について、こう見通しを語るのは日本郵船社長の曽我貴也氏。同社は今、世界初のアンモニアを燃料とする商船の建造を進めている。2030年までに4500億円を投資し、49隻の低・脱炭素船舶を竣工させる中で、なぜアンモニアに着目したのか。

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自ら需要も創り出す!

「海運業でも脱炭素化は必須。『物流のゼロエミッション化も船社選定の評価ポイントとする』というお客様の声は日増しに強くなっている。将来、脱炭素に対応していなければ相手にされない時代がくる」─。日本郵船執行役員の横山勉氏は話す。

 8月、同社が開発した世界初となるアンモニア燃料船が横浜で運航を開始する。小回りのきかない大型船の入出港などをサポートする曳船(タグボート)「魁」(右下写真)だ。さらに同社は開発を進め、2026年にはアンモニア燃料大型外航船を竣工させる。

 海運の脱炭素化の主な手法は船を動かす燃料を従来のC重油から温室効果ガス(GHG)を排出しない次世代燃料への置き換えだ。その脱炭素燃料にはLNGをはじめ、水素や生物資源を原料とするバイオ燃料、二酸化炭素と水素を合成する合成燃料、メタノール燃料など多様な選択肢がある。

 日本郵船の次世代燃料に関する基本戦略は「全方位」(同)。その中で同社が照準を合わせたのがアンモニアだ。そこには理由がある。舶用燃料の燃料転換には大規模なサプライチェーンが求められるが、アンモニアが大量生産に最もふさわしいからだ。「窒素は大気中にいくらでもあり、再エネ電源さえあれば生産できる」と横山氏。国際再生可能エネルギー機関は50年のアンモニア市場を3.54億トン規模、舶用燃料需要は年間約2億トンと予測する。

 アンモニア燃料船の開発について、同社は4つの意義を掲げる。1つ目は海運分野の脱炭素化。世界に先駆けてアンモニア燃料船を開発・運航することで、海運分野の脱炭素化の早期実現に貢献できると期待する。

 さらに同社は船による輸送をフックにアンモニア供給網の構築にも乗り出す。これが2つ目だ。現在は「肥料などの化学原料としてアンモニアが使われている」(同)が、今後は火力発電などのGHG排出量を削減するために、アンモニアの混焼利用が増加。内需も30年に300万トン、50年には3000万トンといった政府目標も掲げられた。

 大規模なエネルギー需要を満たすために、海外から日本に向けた海上輸送需要は大きくなる。さらに横山氏はアンモニアを「運ぶ」だけでなく、「作る」「使う」といった燃料生産や燃料販売の領域にも乗り出す考えを示す。要は「自ら需要を創り出す」(同)側にも回るということである。

LNG舶用燃料供給の知見を活かす

 アンモニア燃料船へのアンモニア燃料供給には供給専用船を含む設備・人材・ノウハウが求められる。同社は国内外のLNG舶用燃料供給事業で得た知見をフル活用していく。

 特に安全面では様々なリスクに対応できる荷役手法や港湾設備の検討を官公庁と二人三脚で取り組むことになる。「所管省庁と、どのような検討に取り組む必要があるか、LNGでゼロから取り組んできた」(同)。この経験値がアンモニアでも生かせるという。

 開発意義の3つ目が日本の海事産業の強化だ。昨今、日本の造船業は韓国や中国との熾烈な競争にさらされている。主にコスト面が理由だ。しかし、日本の造船会社の技術力は世界でも高いレベルにある。

 同社が開発するアンモニア燃料船2隻(タグボート・外航船)とも、国産エンジンが搭載され、国内造船所で建造される。燃料転換を機に、高い環境性能や安全性を備えた船を世界に先駆けて供給することで、競争力の維持・強化を狙う。横山氏は「アンモニアが新たな商機を生む」と強調する。

 最後の4つ目として、アンモニア燃料船に係る国際ルールがある。アンモニアを燃料とする船舶に関する国際ルールは未整備なため、ルールメーカーが誰になるかで今後のアンモニア輸送ビジネスの在り方も変わる。

 さらに横山氏は自社の経営戦略と重ね合わせて「(未開拓の領域にいち早く飛び込む)〝ファーストペンギン〟でなければ価値がなくなってしまう」と力を込める。同社は138年という長い歴史の中で、幾度となくエネルギー転換という荒波を乗り越えてきた。また、海運市況の変動に揺さぶられてきたため、「常に新しい事業開発に挑戦してきた」(同)。

 足元で800隻以上の船を運航しながらも、欧米の船会社とは違って幅広い船種を揃えていることや陸上輸送、港湾インフラ整備など多岐にわたっているのは、先人たちのDNAとも言える。ただ、海運業界の〝ゲームチェンジャー〟ともいえるアンモニアの実用化には毒性の強い同燃料の安全面の担保や石炭の3倍ともいわれるコスト面の課題がある。

 LNGの歴史を遡れば、日本が導入を検討し始めたのは1957年。その後、韓国や中国での輸入が活発になり、2011年度には日本を含む3カ国の輸入量が世界の50%以上を占めるようになった。今やLNGは石油に追随する国際商品となっている。コスト低減をLNGのように図れるかが勝負だ。

 さらに欧米勢ではコンテナ船最大手のAPモラー・マークスがメタノールに注力するなど次世代エネルギーの主導権争いも始まっている。これらのハードルを1つずつ乗り越えることが日本郵船のアンモニアビジネスの成功への鍵となる。