細かい孔(あな)が多数開いたガラス板にレーザー光を当てると放射線の一種である高エネルギー電子線が発生することを、量子科学技術研究開発機構などのグループが実証した。手のひらサイズの小型レーザー装置と内視鏡を光ファイバーで結ぶことで、被ばくの少ないがん放射線治療が期待できるという。
量研機構では、瞬間的に光を放つパルスレーザーを出す小型装置を用い、ガスや固体の材料に当ててエネルギーの高い電子やイオンを発生させる研究をしている。2021年にはグループ内の研究者が、大型施設でつくるよりピーク出力が低いレーザーでも、中空の炭素材料であるカーボンナノチューブに当てて電子線を発生させれば、産業や医療などで応用できると提案。カーボンナノチューブの加工が現実的でなかったため、量研機構の森道昭上席研究員(レーザー工学)らは、1ミリメートル四方の中に直径0.01ミリの細孔が約6000個開いた市販のガラス板「マイクロチャンネルプレート」を用いて実験をすることにした。
厚み0.4ミリのプレートを12度傾けてパルスレーザーを当てると、指向性の高い(広がりにくい)電子線が発生した。対象物と2センチ離れている場合、電子線の直径は1~1.5ミリ程度に収まるという。産業界において金属やセラミックスなど多様な材料に微細な加工を施すために使っているレーザーより強度が10分の1から100分の1であっても、電子線の強さががん治療に必要とされる数十キロから数百キロ電子ボルトになることを実証した。
実験では大型のレーザー装置を使ったが、臨床では手のひらサイズでも十分とみられる。電子線発生部も人の指ほどの大きさまで小型化できるという。内視鏡に取り付けてがん放射線治療に利用することで、前立腺がんや舌がんにおいてがんの近くに小線源(RI)を置く放射線治療の代わりになる可能性がある。
今後の課題として、瞬間的なパルスで発生する放射線ががん細胞をきちんと死滅させるかどうかを確認する必要がある。森上席研究員は「パルスで発生する放射線が細胞に与える影響についてまだ分かっていないこともあるが、今後パルスレーザーで発生させた電子線をがんの放射線治療に用いることができれば、レーザーを出すか出さないかで放射線照射のオンオフを切り替えることができる。これまでの治療法より被ばくを低減することもできる」としている。
研究は米国のカリフォルニア大学アーバイン校とカナダのウォータールー大学と共同で行い、米国物理学協会(AIP)の科学誌「AIPアドバンシズ」に3月28日に掲載された。
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