神戸大学は5月20日、褐藻の一種である「クジャクケヤリ」の藻体の先端にある房状の「同化糸」(光合成(炭酸同化)を担う細胞の糸)が緑色に輝くように見える現象は、同化糸細胞内に含まれる「イリデッセント(虹色)ボディ」(以下、「Iボディ」と省略)と呼ばれる直径15μm程度の球状構造の内部に、直径150nm程度の微細な顆粒が結晶のように規則的に配置することで生じていることを明らかにしたと発表した。
同成果は、神戸大 内海域環境教育研究センターの川井浩史特命教授、北海道大学 室蘭臨海実験所の本村泰三名誉教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、藻類に関する全般を扱う学術誌「European Journal of Phycology」に掲載された。
タマムシなど、さまざまな生物が、ナノスケールの微細構造による光の干渉や回折によって生じる構造色を利用している。その多くは生物間コミュニケーションに関わる機能を担っているとされる。
海藻の一部も構造色を利用しており、クジャクケヤリもその1つ。同種は、紀伊半島沖などの水深10m以深の海底に棲息しており、緑色の蛍光色のような外観を示す。元々は、褐藻(黄褐色をした海藻)の「ケヤリ」と考えられていたが、研究チームの川井特命教授が調べ直した結果、ケヤリとは独立した種で、ハワイ固有種とされてきた「Sporochnus dotyi」と同種であることが判明したという経緯がある(その和名として、川井特命教授がクジャクケヤリを提唱)。
またその時に川井特命教授は、その緑色の外観が構造色によるものであることも発見。構造色を利用している褐藻はこれまで、「アミジグサ目」と「ヒバマタ目」でのみ知られており、ケヤリ目では初となる。しかし、海藻類での構造色のメカニズムや役割については不明な部分が多いことから、研究チームは今回、その解明を目指して、構造色を持つクジャクケヤリと構造色を持たないケヤリの比較研究を行うことにしたという。
まず、詳細な観察が行われた結果、ケヤリ目に特徴的な藻体の先端にある束状の細胞糸(頂毛)の細胞に含まれる直径15μm程度の球状をした小胞のIボディが、構造色をもたらしていることが確認された。また、照射された光の波長によって同小胞での反射の程度が異なり、緑色や青色が強く反射されるため、緑色または宝石のオパールのような構造色が生じることも明らかにされた。
ケヤリの仲間のIボディは、浸透圧ショックなどのわずかな刺激でも壊れるため、急速凍結法による電子顕微鏡観察が行われた。その結果、構造色を示すクジャクケヤリでは内部に直径150nm程度の、可視光の波長より短く均質な顆粒が結晶のように規則的に配置していることが判明。同構造は、構造色によってさまざまな色に発色するオパールの構造と非常に良く似ているとした。
一方、ケヤリも頂毛の細胞にIボディを含んでいるが、内部の顆粒の直径は不規則で結晶構造は見られないという。ケヤリでも、はじめはクジャクケヤリ同様にIボディ内に微細な顆粒が分泌されるが、それらが徐々に癒合して大きくなるため、不規則な大きさになることが考えられるとした。これらのことから、クジャクケヤリはIボディのオパールのような微細な顆粒の結晶構造が構造色をもたらしていることが明らかにされた。
褐藻における構造色は、浅い水深帯の種などでは、強く変化の大きい太陽光への適応など、光合成に関わる機能が指摘されていたが、クジャクケヤリではその生育環境やIボディの配置などから、その機能は光合成に関わるものではないことが推測されるという。
一方、分子系統学的解析の結果から、ケヤリ属ではクジャクケヤリが最も早く進化したことがわかっており、ケヤリは2次的に構造色を失ったことが考えられるとする。また、クジャクケヤリやケヤリのIボディが壊れると、細胞全体が短時間で破壊されるほどの反応性が高い物質が含まれていることが明らかにされている。そして、クジャクケヤリは藻食性の魚類が多く生育するエリアに、ケヤリはそうではないエリアに分布することなどから、その構造色は外敵に対するカモフラージュまたは警告など、生物間のコミュニケーションに関わる役割を果たしている可能性があるとしている。
Iボディに含まれる反応性が非常に高い物質は、藻食魚などの外敵による摂食を忌避する役割を担っていると考えられ、研究チームは現在、その物質の同定に向けた解析を進めている最中とした。これまで、海藻類で構造色が生物間コミュニケーションに関わる役割を持っていることが示された例はほとんどないという。今後の研究により、海藻の構造色が、その生活戦略において担っている未知の役割が明らかになる可能性があるとしている。