米大統領・バイデンとの連携強化を確認し、首脳会談の成果に胸を張った首相・岸田文雄。翻って日本国内では、政治資金規正法の改正を中心に、「政治とカネ」を巡る与野党の攻防が激化しつつある。政治改革の先頭に立つと訴えた岸田だが、巨額の政治資金に依存してきた自民党の体質を変えるのは容易でない。次期衆院選をにらみ、有権者の支持を引き寄せたい各党の「改革競争」はどこへ行き着くのか。国民の願いである経済再生、安全保障などの懸案解決をおろそかにすることなく、日本のあるべき将来像を描けるか。難局に立つリーダー・岸田の指導力が改めて問われる。
【政界】国の土台を築き直す骨太の論戦へ 決意と覚悟が問われる岸田首相
「国会に拍手なし」
首相時代の安倍晋三以来、9年ぶりとなる国賓待遇での米国訪問中、二度の英語スピーチを行った岸田は、まさに「舌好調」だった。
「日本の国会では、これほどすてきな拍手を受けることはまずありません」。米連邦議会の上下両院合同会議で、冒頭のこんな「つかみ」に議員たちから笑いと拍手が起き、岸田はその後もジョークを連発した。
ホワイトハウスで開かれた公式夕食会では、俳優のロバート・デニーロなど豪華なゲスト陣を引き合いに、「妻は『主賓が誰なのか、見分けるのは難しい』と私に言った。大統領の隣に案内された時は安心した」と、またも自虐を交えて笑いを誘った。夕食会には日本の人気音楽ユニット「YOASOBI」らも招かれており、国内のスポーツ紙に「岸田首相、つかの間の夜遊び」と見出しが踊った。
米大統領バイデンは、中国・ロシアに対する結束を強めようと、岸田を手厚くもてなした。対北朝鮮も含め、東アジアの抑止力として日本に頼るという、改めてのメッセージでもあった。首脳会談で岸田は、防衛費増をはじめとする日本の防衛力強化に加えて、「日米はグローバル・パートナーだ」と繰り返し、従来にも増して米国に寄り添う姿勢を示した。
むろん、台湾海峡問題などの平和的解決に向けて「中国との対話継続」も再確認したが、会談を通じてより際立ったのは日米の一体化の姿勢だった。
日本政府関係者は、バイデン側の歓待ぶりに喜色を浮かべ、「ロシアのウクライナ侵攻や中国の軍拡を踏まえれば、もはや『バランス外交』の時代ではない」とまで言い切った。
イスラエルのガザ地区侵攻、イランによるイスラエルへの報復攻撃など中東情勢も悪化の一途を辿っており、日本の基軸である対米外交のあり方がいっそう問われている。
高揚とともに握手を交わした岸田とバイデンだったが、それぞれの政権の足元は何ともお寒い状況だ。
首脳会談後に岸田が訪れたノースカロライナ州は、11月の大統領選で共和党の前大統領トランプと民主党のバイデンが接戦を展開するとみられている。岸田は、トヨタ自動車など日本からの投資が現地雇用を生み出している点を強調した。バイデンは、これを自身の政策「バイデノミクス」の恩恵だと主張し、選挙の前哨戦に利用するはずだ。
その半面、日本側は党派に言及しないよう言葉を選び、米国経済への貢献を非常に重視するトランプに対しても、ひそかにアピールした。目の前のバイデンに気を遣いつつ、トランプの復権可能性、いわゆる「もしトラ」に備えるあいまい戦術である。気まぐれなトランプ政権が再来すれば、日米関係は再び不安定化しかねない。
深まる悪印象
その岸田も「政治とカネ」を巡って政権の低空飛行が続いている。冒頭の「日本ではすてきな拍手を受けない」という岸田のジョークに、立憲民主党代表・泉健太は皮肉っぽく反論した。「それは自業自得だ。国民を無視し、自民党自身の腐った状態を変えられず、国会で拍手を受けるわけがない」。
岸田の訪米中には、自民党安倍派の幹部だった塩谷立が、裏金問題で党から受けた離党勧告処分を不服として、再審査を請求した。塩谷は安倍派の集団指導体制で格上の「座長」を務めていたが、たった5カ月間の在任にもかかわらず、世間をなだめるための「いけにえ」にされたと強く反発していた。
党はあっさり請求を却下し、塩谷は離党するしかなくなったが、「安倍派がまだ悪あがきをしている」と悪い印象を深めてしまったのは間違いない。
裏金問題の再発防止策として、通常国会後半の最大の焦点となるのが、政治資金規正法の改正である。岸田は自民党執行部に対し、①派閥などの会計責任者だけでなく、政治家本人の責任の厳格化②外部監査の導入③デジタル化などによる政治資金の透明化─について、具体案を作成するよう指示した。「この3点をポイントに、自民党として法改正案をまとめる」と記者団に説明した。
だが党側の考えは、党総裁の岸田と異なった。自民の法改正に向けた作業チームは「党の改革案は作らず、与党協議で自公案を作る」との姿勢を示した。裏金事件以来、いかに党内の指揮系統が混乱しているかが改めて浮き彫りになった。
規正法の各論点に慎重姿勢が目立つ自民が独自案を作ったところで、「改革に後ろ向きだ」とまた批判される可能性が高い。一方、政治とカネの問題に敏感な支持層を抱える公明党は、いわゆる政治家本人の「連座制」の導入など、かなり踏み込んだ考え方をこの時点で示していた。
両党の溝が露呈することを避ける意味でも、自民はうやむやのうちに与党協議を始めようとした。帰国した岸田も国会の場で「与党の議論を経ながら、改正案を取りまとめる」と軌道修正した。
自民案の迷走
4月半ば、衆参両院に「政治改革特別委員会」が新設され、政治とカネを巡る論戦の主舞台がそちらに移る見通しとなった。立憲の国会対策委員長・安住淳は自民の迷走をちくちくと責めた。「自民、公明には『政治改革を4月から議論しよう』と言っているのだが、らちの明かない話ばかり。本当に法案を出す気があるのか。熱意がないことが何より問題だ」。
次期衆院選を意識する野党にもジレンマはある。裏金の実態解明を訴えて岸田を追及し続けることと、規正法改正という難事業を並行して進めなければならないからだ。
そしてようやく与党の実務者協議が始まったが、自民党案が国民に示されないまま、水面下で不透明な協議を続けることは「さすがにまずい」という空気が広がった。先に規正法改正の要綱案を発表した公明の幹事長・石井啓一は「自民案を公にするのが本来のあり方だ」と苦言を呈し、与党協議についてももっとオープンな形で行うべきだと、自民幹事長の茂木敏充に要請した。対応が二転三転した末、自民は大型連休直前にようやく案を公表した。
いずれにせよ、自民にとって与党協議の後に待ち受ける与野党協議は、いっそうハードルの高いものとなる。今回は問題の性質上、与党案を強行採決する選択肢は取れまい。ある程度は野党の主張を取り入れなければならないだろう。
通常国会の会期は6月23日までで、「本当に法改正をするなら、とても間に合わない」(自民党関係者)と、早くも会期延長論が漏れた。しかしそれとて、7月に東京都知事選があることを考えれば容易な話ではなく、日程的にも綱渡りが続く。
そして岸田にとって今春の最大のヤマ場だった衆院の3つの補欠選挙。東京15区と長崎3区では独自候補の擁立を見送って「不戦敗」となり、唯一勝負を賭けた保守の牙城・島根1区も与野党対決に敗れた。まさかの補選全敗は、自民に対する政治とカネの逆風をまざまざと見せつけた。
織り込み済み?
そもそも3補選のうち、2つで最大与党・自民が不戦敗を選ばざるを得なかったところからして、異例の展開だった。まず、裏金を巡って自民議員が辞職した長崎3区は、衆院定数の「10増10減」の対象になっている。「どうせ次回はなくなる選挙区だから」と引き受け手もなく、早々に擁立を諦めた。
東京15区は秋元司、柿沢未途と2人連続で自民議員が逮捕され、東京都連もさすがに次の公認候補を出せなかった。次善の策として、都民ファーストの会が擁立する乙武洋匡を推薦して相乗りし、「推薦候補が勝てば、我が党の敗北ではない」と主張してメンツを保とうと図った。ところが、裏金問題の影響を嫌ったためか、乙武サイドから与党に推薦の依頼は来ず、自民の思惑は不発に終わった。
前衆院議長・細田博之の死去に伴う島根1区補選は、細田の後継候補と立憲による一騎打ちになった。与党幹部は告示前から「細田さんがネームバリュー頼みの選挙をしていたせいで、地元組織がまともに機能していない」とこぼした。公明党の推薦を取り付けたが、時すでに遅く、自民は大敗した。保守王国の陥落に衝撃が走り、「衆院解散は遠のいた」との声も相次いだ。
春と秋にまとめて行われる国政補選は、時の政権の浮沈を大きく左右する。前首相・菅義偉は2021年春の衆参3補選・再選挙で全敗し、新型コロナ対策や東京五輪への対応が迷走したあげく、同年秋の自民党総裁選への立候補を断念している。「補選に全敗すれば、岸田降ろしが起きかねない」というのが、裏金問題が政権を直撃した昨年末から今年初めにかけての定説だった。
ところが、島根1区の敗勢を含めて3敗が濃厚になると、それを「織り込み済み」とみなす不思議な空気が自民党内にまん延した。党関係者は、3補選で実際に戦ったのは島根だけで負けが込んだ印象は薄いこと、各派閥の解散と有力な「ポスト岸田」の不在によって不満のエネルギーが集まる先が乏しいこと、岸田自身がいまだ意気軒高で、首相を辞任する気がさらさらないことを要因に挙げた。
粘り腰を見せる岸田が、通常国会中の衆院解散・総選挙に踏み切れるかどうか、永田町の耳目を引き続き集めそうだ。規正法改正の可否や、定額減税などによる日本経済の回復が巻き返しのかぎを握っている。
日米首脳会談後の世論調査では、岸田内閣の支持率がわずかながら上向いた。自民の裏金処分が一服したからという面はあったが、日本の将来を見据えた政策実現を国民が望んでいるという証でもあろう。根深い政治不信を乗り越えるべく、岸田はじめ政府・与党が総力を結集しなければならない。(敬称略)