日本原子力研究開発機構(JAEA)は5月17日、JAEAが運用する研究用原子炉「JRR-3」からの定常中性子ビームを用いて、「ハイエントロピー合金」を圧延する際に生じる「集合組織」について定量評価を行った結果、炭素を添加することで形成される「変形双晶」が、「ゴス方位結晶粒」と「ブラス方位結晶粒」と呼ばれる2種類の特殊な結晶粒の形成を促進することを明らかにしたと発表した。
同成果は、中国・河北工業大学の方偉准教授、JAEA 物質科学研究センターの徐平光研究副主幹、広東省科学院の殷福星教授らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、無機材料の構造と特性の関係を扱う学術誌「Scripta Materialia」に掲載された。
一般的な合金は、鉄(Fe)やアルミニウムなど、1つか2つの主要元素に、クロム(Cr)、ニッケル(Ni)、シリコン、マンガン(Mn)、リン、硫黄などの元素が微量混ぜられているが、ハイエントロピー合金は、5種類以上の構成元素がほぼ同じ比率で混ぜられているのが特徴だ。そのため、合金としての特性は一般的な金属材料のように主要元素に依存しないため、非常に特異なものとなっている。高強度や高延性といった機械的特性や耐照射性などの機能性を有しており、その応用が期待されている。
実用化するためには、平板にするための冷間圧延などの機械加工が必須となるが、ハイエントロピー合金では圧延変形に伴い集合組織が発生し、材料強度特性に大きな影響を与えてしまうという。そのため、集合組織に影響を及ぼす因子を解明することが、実用化のために必須の課題となっていた。そこで研究チームは今回、中性子回折測定と電子顕微鏡観察の相補利用により、圧延加工変形量と炭素添加有無のハイエントロピー合金における集合組織と微視組織の関係について調べることにしたとする。
今回の研究では、軽元素固溶の影響の解明が目的とされていることから、炭素親和性の弱い元素で構成されるFeMnCoNi合金と、そこに炭素を添加した(FeMnCoNi)96.5C3.5合金が用意された。これらの合金を高温均一化処理した後、冷間圧延および焼鈍処理を経て、再結晶した結晶サイズがほぼ同じになるように調整が施された。そして、異なる条件の冷間圧延が行われ、それぞれの分析に必要となる試験片が準備された。
中性子はX線や電子線に比べて3桁以上の高い透過能力を有するため、ハイエントロピー合金試料に局所の格子ゆがみがかなり大きい場合でも、幅広い中性子入射ビームを使って、数億個の結晶粒を含有する10mm立方体試料からの完全極点図を高統計的に採集することが可能だ。さまざまな条件で用意されたハイエントロピー合金における圧延変形集合組織が定量的に解析された。
解析の結果得られた50%冷間圧延のハイエントロピー合金の結晶方位分布関数(ODF)によってプロットされたコンターマップはほぼ同じような等高線図が示されているが、炭素添加有の下段は炭素添加無の上段に比べて等高線の数値が高いことが確認された。炭素添加したハイエントロピー合金の結晶方位分布は、変形の初期段階では炭素添加なしハイエントロピー合金の分布と類似していることもわかった。つまり、結果からわかった差は、冷間圧延変形が50%とかなり大きくなったところから発生していることが明らかにされた。
そしてコンターマップの炭素添加有における等高線の値が高いところは、ゴス方位とブラス方位が示されており、それは、その方位を向いている結晶粒の数が多いことを意味しているという。そのような現象がどうして起こったのかは、電子顕微鏡観察により、確認された。炭素添加有の電子顕微鏡観察像で、加工中に加わるせん断応力を受けた時に発生する双晶という斜めの線が多数観察されたのである。これは、結晶原子面がある場所を境に対称な原子構造を取る場合に出現することが知られているという。今回の場合は、添加炭素が違いとして挙げられることから、この双晶は添加炭素由来であるといえるとする。つまり、ゴス方位結晶粒とブラス結晶粒の形成は、格子間炭素の添加による冷間圧延変形によって生じた双晶によるものであることが初めて明らかにされたとした。
今回の研究成果を発展させることで、今後、ハイエントロピー合金の冷間圧延のみならずさまざまな加工下における結晶方位制御を可能として、力学特性、機能性向上が図られた実機としての利用が期待できるという。さらに、今回の計測技術はさまざまな金属材料に適用可能であることから、イノベーション創出を実現する革新的な材料開発や製品開発、耐照射性に優れた新構造材料の開発が促進され、宇宙・原子力産業のさらなる発展に貢献することが期待できるとしている。