九州大学(九大)は5月17日、米・加・英・日の計5つの大学による材料探索を加速するための国際共同実験に参加し、加・トロント大学で開発されたAIを活用した「自動運転ラボ」を使用して、2か月間の短期間で1000個以上の分子を合成・評価し、21個の新しい高性能有機固体レーザー(OSL)材料を発見したことを発表した。

  • 有機固体レーザー用低分子ゲイン材料の早期探索のための分散型ワークフローの概要

    有機固体レーザー用低分子ゲイン材料の早期探索のための分散型ワークフローの概要。機能分子設計のためのモジュール戦略、自動化された並列機能性分子合成、物理情報に基づくベイズ最適化、薄膜デバイスにおける光増幅解析を統合する後方支援AI実験計画のためのクラウドハブの概念図(出所:九大プレスリリースPDF)

同成果は、九大 最先端有機光エレクトロニクス研究センター(OPERA)の安達千波矢教授/センター長らの国際共同研究チームによるもの。詳細は、米科学雑誌「Science」に掲載された。

現在、有機光機能材料の開発には、分子設計・合成と物性・デバイス特性評価の両面を統合した複雑なワークフローが必要となっているが、多くの場合、必要な専門知識や研究インフラは複数の場所や時間帯に分散していることが多く、高度な探索パイプラインへの統合を妨げているという。この課題は、AIによる自動実験とデータ主導の意思決定において特に顕著であり、グローバルに分散した拠点の実験研究のインフラを相乗的に統合するには、データ転送、AIに基づく分子設計、ロジスティクス管理のためにグローバルにアクセス可能な中央クラウドハブが必要だ。このような分散型エンジンは、単一の研究室で構築するには非現実的な材料を発見するための分子設計・合成、分光解析・デバイス特性評価のループを効果的に編成することを可能とするという。

なお有機分子は蛍光、りん光、TADF(熱活性化遅延蛍光)などの発光機能に加え、光増幅機能を有する。そのためレーザーデバイスへの展開が期待されていることから、研究チームは今回、OSLにおいて最高レベルの光増幅機能を有する低分子をAIガイド下において探索したとする。

分子探索における一般的な合成ボトルネックを克服するために、今回の研究ではビルディング・ブロック・ベースの戦略が用いられ、反復的な鈴木・宮浦カップリングを利用して、モジュラー前駆体からOSL分子を合成するための2段階ワンポット・プロトコルが開発された。高い光増幅材料候補群を形成するためのビルディングブロックの組み立ては並列化され、異なるロボット合成プラットフォーム上で自動化されたとのこと。そして、自動テスト・ワークフローによって、定常状態および時間分解分光法による溶液相の光学特性評価で信頼性の高い分光結果を可能にするまで精製を繰り返すことで、材料の高純度化を進め、安定した光増幅(レーザー)特性を確保したという。

その後実験結果は、クラウドハブの機械学習ベースに供給され、量子化学シミュレーションから得られた物理的知識と統合され、次の材料設計にループされることで、材料の絞り込みを進めていったとのこと。このマルチサイト・ディスカバリー・エンジンの開発・運用を通じて、グローバルに分散した5つのラボが分子設計、合成、物性評価までをシームレスに連携することで、光増幅断面積が改善された21個の新規OSL分子の創出に至ったとしている。

有機光エレクトロニクスにおけるフロンティアの課題に取り組む今回の研究は、分子設計・合成、コンピュータサイエンス、光物性・デバイス物性などの異なる専門分野を有する多数のチームが、グローバルに時空を超えて協力することで、AI時代の分散型研究の雛形を示すことに成功したとのこと。研究チームは、今回のフレームワークを拡張し、分散した研究リソースを柔軟に統合することで、より迅速にさまざまなデバイスにおける高性能な有機機能材料の探索を進めていくとする。

現在、有機固体レーザーは、柔軟性、効率、幅広い波長可変性などのユニークな特性を提供可能であることから、XRディスプレイをはじめ、通信から医療機器に至るまで、さまざまな産業に革命をもたらす可能性があり、幅広い産業用途が期待されている。研究チームは今後、今回開発されたOSLを基礎に、さらなる低閾値材料の開発を進めていくとしている。