明治大学(明大)は5月14日、さまざまな用途がある有用物質「乳酸」のうちのL型乳酸を、微細藻類の一種である紅藻「シゾン」が他の微細藻類よりも効率的に生産することを発見したと発表した。
同成果は、明大 農学部農芸化学科 環境バイオテクノロジー研究室の伊東昇紀助教、同・吉田智尋大学院生(研究当時)、同・秋山裕太大学院生、同・岩住香織研究技術員(研究当時)、同・小山内崇准教授らの研究チームによるもの。詳細は、藻類生物学バイオマスなどの幅広い関連分野を扱う学術誌「Algal Research」に掲載された。
乳酸は、食品や医療分野に加えて、バイオプラスチックの原料としても利用されており、乳酸を原料とするバイオプラスチックが「ポリ乳酸」である(乳酸が多数連なった構造を持つ)。ポリ乳酸は、環境中で微生物によって二酸化炭素(CO2)と水にまで分解される生分解性を有しており、環境負荷の少ない物質だ。また乳酸はキラル物質であり、右手と左手のような鏡像関係にあるD/L型の2種類が存在することから、ポリ乳酸が高い熱安定性や耐加水分解性を示すためには、両方を材料として使用する必要があった。
乳酸の90%以上は現在、トウモロコシやサトウキビなどの植物由来のデンプンを糖化した後、それを微生物が炭素源として利用し、乳酸発酵を行うという2段階の方法で生産されている。しかし同方法は、植物を栽培するための耕作地が必要であり、食料との競合が生じる可能性があるほか、経済成長や気候変動による作物価格が影響を受けるなどの問題もあった。そのため、それらの問題点が生じない新たな乳酸生産技術の開発が求められていた。
このような背景の下で注目されているのが、微細藻類を用いた乳酸生産だ。微細藻類はCO2の固定から乳酸発酵までを自身で行える上、この方法による生産は培養液中で行われるため、広大な耕作地が必要なく、食料との競合も起きないため、持続可能な生産方法として期待されている。
ただしその課題として、L型乳酸の生産に適した微細藻類が発見されていない点があるとのこと。D型乳酸には、酸素発生型の光合成細菌のラン藻が適しており、培養液あたりの生産量は26.6g/Lが達成されている。このラン藻に他の生物の酵素を導入する研究により、L型乳酸の生産が確認されたものの、生産に28日間要し、生産量は1.8g/Lと少なめだ。さらに微細藻類の一種である「ミドリムシ(ユーグレナ)」もL型乳酸を生産するが、不安定だという。そこで研究チームは今回、イタリアの酸性温泉から発見された紅藻で、L型乳酸生成酵素を複数種類有するシゾンに着目したとする。
シゾンは単細胞性の真核藻類で、細胞数が2倍になるのに要する時間が約12時間と、真核生物の中では比較的早く増殖するという特徴を持つ。またすでに全ゲノム配列が解読されており、遺伝子改変技術も確立されている。今回の研究では、先行研究で夜間に乳酸発酵を行うことが示唆されていたことから、今回の研究では暗嫌気条件下で培養を行ったという。
研究チームは暗嫌気条件下での培養の前に、L型乳酸生産に対する窒素源の影響を調べるため、窒素源が豊富な培地で培養したシゾン(通常培養型)と、窒素源が不足した培地で培養したシゾン(窒素欠乏型)を準備。その後どちらも暗嫌気条件で培養した結果、L型乳酸、コハク酸、酢酸の3種類の有機酸が細胞外に排出されたのが確認されたという。しかも、窒素欠乏型は通常培養型よりも多くのL型乳酸を生産しており、同シゾンが生産した全有機酸の中で、L型乳酸は9割を占めることも明らかになった。
次にシゾンのL型乳酸生産に対する培養液の水素イオン濃度(pH)の影響を調べるため、培養液を酸性(pH2.5)にした場合と、中性(pH7.4)にした場合で培養して比較が行われた。すると、中性条件の方が、酸性条件よりも多くのL型乳酸を生産することがわかったという。また、酸性条件では24時間で生産が頭打ちになるのに対し、中性条件では36時間経ってもL型乳酸が増え続けていたとする。
そして、シゾンを中性条件で7日間培養した時のL型乳酸の生産量は3.23g/Lで、培養1時間あたりの生産量(19.2mg/L/h)であり、どちらの値もラン藻より多いことが確認された。これらの結果は、シゾンが、ラン藻よりも高濃度かつ高効率のL型乳酸生産を行えることが示されているとした。
今回の研究成果から、シゾンが、産業的なL型乳酸生産に用いる微細藻類の有力候補である可能性があることが確認された。研究チームは今後、L型乳酸を生成する代謝の調節点を見つける基礎研究や、シゾンの遺伝子改変を行うことで、さらなる増産が可能になることが考えられるとしている。