東京大学(東大)、NTT、大阪大学(阪大)の3者は5月14日、「量子誤り訂正」機能を備えた量子コンピュータが、物性物理分野で、古典コンピュータを凌駕する量子優位性を達成するための条件を解明したと共同で発表した。
同成果は、東大大学院 工学系研究科 物理工学専攻の吉岡信行助教、東大大学院 理学系研究科 量子ソフトウェア寄附講座/附属知の物理学研究センターの大久保毅特任准教授、NTT コンピュータ&データサイエンス研究所の鈴木泰成准特別研究員、同・小泉勇樹インターン生(現・東大大学院 工学系研究科 物理工学専攻 大学院生)、阪大 量子情報・量子生命研究センターの水上渉教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の量子情報に関するオープンアクセスジャーナル「npj Quantum Information」に掲載された。
現在実現している量子コンピュータは、ノイズの影響を強く受けてしまうことから、その計算精度が限定的だ。そのため量子化学や機械学習などにおいて量子優位性を実現するには、量子誤り訂正機能を実用化して計算精度を高める必要がある。
しかし従来の研究は、計算量の「オーダー解析」(答えを出すために必要な演算の回数を大まかに見積もること)に基づくものが主流で、実際の計算時間を知ることはできなかった。これまでに量子化学や暗号解読などの分野で、計算時間の定量的な解析が行われた結果、量子優位性の実現に必要な計算時間は丸1日以上と推定されてはいた。よってそれらの分野では、確かに量子コンピュータの方が古典コンピュータよりも早く解を得られるが、それでも答えが出るまでの時間がかかりすぎることが問題となっていたという。そこで研究チームは今回、物性物理学への応用に着目し、量子優位性の達成に必要とされる計算リソースを調べたとする。
今回の研究では、物性物理学における代表的な難問として知られる「2次元の強相関量子多体模型」における基底状態エネルギーの計算がターゲットとされた。基底状態は、模型が取りうる量子状態の中で最もエネルギー的に安定な状態であり、量子相関・多体効果が最も強く創発する状態であることから、古典力学では相当するものがない、不可思議な現象が起こるものと考えられている。
量子優位性を議論する際には、古典と量子のどちらに関しても、最速に動作するようなアルゴリズムの計算時間を見積もる必要がある。そこで今回は、前者については「テンソルネットワーク法」、後者については「量子位相推定法」に関する計算時間の解析が行われた。
量子位相推定法は、ターゲットとする量子状態が、量子力学的な操作に対してどのような応答を返すのかを調べるアルゴリズムだ。しかし、プローブの設計や量子状態の生成には膨大な選択肢があるという。そこで今回は、それらを網羅的に調べることで最良の設計を特定した後、10億を超える数の量子ゲートを書き下すことで、計算時間の緻密な解析が行われた。一方でテンソルネットワーク法に関しては、実際にスーパーコンピュータ上で実行した計算結果に基づいて解析を行ったとする。
その結果、2次元の強相関量子多体模型においては、数十万の物理量子ビットによって数百の論理量子ビットを構成するような量子コンピュータを用いれば、数時間のスケールで量子優位性が発生することが確認された。すでに現代では、物理量子ビットを100個程度備えた量子コンピュータが実現しており、2030年代には10万単位の物理量子ビットが実現されるとの試算もあることから、研究チームは、今回の研究によって提示された要件は中長期的なゴールとして達成可能なものと考えられるとした。
量子誤り訂正に関する小規模な実験が近年進展する中で、中長期的な未来に目指すべき到達点を示すことは、今後の誤り耐性量子コンピュータの開発の指針としての役割を果たすため、量子技術の研究開発に対する重要な貢献と考えられるとする。また研究チームは、今回の研究成果に触発されて、物性物理学に止まらず、材料科学、高エネルギー物理、微分方程式の求解などの多様な分野において、古典コンピュータによって到達可能なフロンティアを解明する試み、それを量子コンピュータで凌駕しようという試みがさらに進展することが期待されるとしている。