JEITA半導体部会が政府に半導体戦略の提言書を提出

電子情報技術産業協会(JEITA)半導体部会は2024年5月14日、経済産業省(経産省)商務情報政策局情報産業課と文部科学省(文科省)研究開発局環境エネルギー課に対して、「国際競争力強化を実現するための半導体戦略 2024年版」と題する提言書を提出した。

  • 2024年の提言書表紙

    2024年の提言書表紙 (出所:JEITA、以下すべて同様)

同提言書では、「新時代のサプライチェーン構築やカーボンニュートラル、次世代計算基盤の確保に向けての支援」、「国際的な半導体支援策の潮流への対応」、「新たな時代の研究開発体制と支援、次世代半導体の研究開発体制」、「イコールフッティング(電気代、税制、他)」、「半導体の人材育成と獲得」、「半導体に関する諮問委員会の設置等」の6つの支援を求めており、国際競争力強化を実現するための半導体戦略を提言する内容と位置づけている。

提言の狙い

JEITA半導体部会では、「世界各国や地域では、政府による自国の半導体産業への大型支援が相次いでいる。さながら国家間の設備投資競争ともいうべき状況になっており、半導体産業政策やデジタル産業政策の重要性が大いに高まりつつある」としながら、「日本の半導体産業としてはこれまで以上の自助努力を重ね、競争力強化を図っていくが、企業の自助努力だけで太刀打ちできない環境に追い込まれぬように、日本政府による継続的で強力な支援を要請する。半導体産業は、社会全体のために、より一層貢献し、日本におけるデジタル社会の発展、社会課題解決に引き続き全力で取り組んでいく」と提言の狙いを述べている。

また、今回の提言は、「国民生活の利便性を向上させ、さまざまな業務の効率化を実現する社会全体のデジタル化に向けて、半導体産業が、より一層の責務を果たし、社会課題解決や、人材育成をはじめとする次世代に向けた取り組みに、より積極的に注力していく強い意志を示したものである」とも語っている。

DXやGX実現の鍵を握る半導体という存在

提言書では、半導体の位置づけを、DXやGX(グリーントランスフォーメーション)の実現の鍵を握るものであり、デジタル社会の進展はもとより、経済安全保障や国家安全保障を確立する上でもキーコンポーネントになるとし、主要各国や地域の政府では、自国の半導体産業への大型支援や企業誘致など、半導体の国内生産率の向上および安定供給を目的としたサプライチェーンの構築、強靭化などが強力に推進されていることを、資料を通じて報告。国家安全保障ならびに国際競争力強化の観点から、日本の半導体製造基盤を強化して、安定供給や、同盟国を含めたサプライチェーン強靭化を実現することが必要であり、そのためには、産官学が連携し、半導体産業として高い競争力を維持、向上させていかなければならないとしている。

また、日本の半導体産業が国際競争力を堅持し、今後も持続的に発展していくためには、次世代半導体の研究開発に加え、蓄積された技術やノウハウを、継承および発展させていく人材が不可欠であり、次世代を担う人材の育成が重要であるとも述べている。

日本半導体産業への政府支援策を提案

今回の提言書では、こうした背景から、半導体産業に対する政府の支援を求めるものになっている。

1つめの「新時代のサプライチェーン構築やカーボンニュートラル、次世代計算基盤の確保に向けての支援」では、今後のデジタル化、カーボンニュートラル化に向けた支援や、日本が競争力を持つメモリやセンサー、パワー半導体、マイコン、アナログ半導体への支援、同盟国との国際連携によるサプライチェーンの強靭化、サイバーセキュリティ対策へサポート、セキュリティクリアランス制度の確立を求めている。

「国際的な半導体支援策の潮流への対応」においては、主要国や主要地域の補助金に比肩する支援を提言。「新たな時代の研究開発体制と支援、次世代半導体の研究開発体制」では、日本が世界をリードすることができるユースケースを想定して、各省庁連携のもとに、5~10年先を見据えたパワー半導体をはじめとした次世代半導体の研究開発や、研究人材の育成を行うために、産官学が連携した体制の構築を盛り込んだ。また、「イコールフッティング(電気代、税制、他)」では、日本における電気料金や償却資産税などの負担の軽減、「半導体の人材育成と獲得」では、初等教育から大学までさまざまな啓発活動や教育活動の実現、「半導体に関する諮問委員会の設置等」においては、各省庁を超えて、日本全体で半導体を議論する場の設置を求めている。

  • 半導体関連の令和5年度補正予算概要

    半導体関連の令和5年度補正予算概要

特に、イコールフッティングについては、「戦略分野国内生産促進税制」が創設され、電気自動車や半導体など日本として長期的な戦略投資が不可欠となる5分野に対し、10年に渡って法人税を減税する制度が設置されたことを評価。これまでの提言が反映された内容であるとする一方、半導体産業で使用されている機械や装置といった償却資産への固定資産税の負担が大きいことを指摘し、国際的に見ても稀な税であることから、廃止の検討を提言している。また、半導体工場の年間電機料金を比較すると、米国、韓国、台湾は日本の半分以下で済むといった試算を示しながら、日本に半導体製造拠点を持つ半導体企業の事業運営にとって、大きな負担であり、成長していくための次世代投資にも大きな影響を及ぼす懸念を示した。

  • 日本における先端半導体の製造に向けた政府支援の概要

    日本における先端半導体の製造に向けた政府支援の概要

  • 半導体工場における電気料金の日米欧比較
  • 半導体工場における電気料金の日米欧比較
  • 半導体工場における電気料金の日米欧比較

  • 先端ファブ建設時における各国の税制控除可能額比較

    先端ファブ建設時における各国の税制控除可能額比較

日本半導体産業に吹く3つの追い風

JEITA半導体部会政策提言タスクフォースは、東京理科大学大学院 経営学研究科の若林秀樹教授を座長に、半導体メーカー各社が参加している。

提言書のなかでは、日本の半導体産業には、3つの追い風が到来していると指摘。米中対立や地政学リスクの中で、国家安全保障を意識したサプライチェーン構築において、欧米諸国が日本の動きに期待していること、チップレット化やポストノイマンコンピューティングの大きな技術トレンドの変化にあり、産業構造が変わる可能性があること、2030年に1兆ドルの産業規模が想定されるなかで、国家安全保障やカーボンニュートラル、円安、インフレ、技術トレンド変化によって、新たなビジネスモデルが生まれつつある状況にあることをあげた。

  • 経済安保基金による半導体サプライチェーンの強靭化支援の概要
  • 経済安保基金による半導体サプライチェーンの強靭化支援の概要
  • 経済安保基金による半導体サプライチェーンの強靭化支援の概要

ただ、この追い風は半世紀ぶりの大きなものだとしながらも、2030年までの時限的なものでしかなく、「最後で、最大の機会」であることも示している。

日本半導体産業の変革に必要なもの

一方で、日本政府は、熊本へのTSMC誘致に象徴される「ステップ1」、Rapidusの設立に象徴される「ステップ2」、IOWN構想など光電融合やディスアグリゲーションに象徴される「ステップ3」の半導体戦略を策定。長年に渡って市場規模が5兆円程度で推移してきた日本の半導体産業を、15兆円にまで拡大する目標を掲げていることや、微細化や光電融合、パワー半導体などのR&Dに関して、デバイスメーカーだけでなく、製造装置メーカーや材料メーカーを含めて、すでに3兆円の資金を投入したことなどを評価しながらも、メモリやセンサー、パワー半導体に加えて、それらを支える製造装置や素材への強化サポートも忘れてはならないと述べている。

提言書では、「日本の政策は、これまでは、『少ない遅い絵に描いた餅』だったが、『巨額投資を早く社会実装』することが進んでおり、海外からも驚きをもって注目されている。こうした追い風を結実させる上で重要なのは、ビジネスモデルや新たなイノベーションであり、これまでのビジネスモデルのままでは、先端ロジックにおいて、TSMCに追いつくことは難しい」と指摘。「こうした変革期にこそ、大規模先行投資や量産競争といった『高血圧ビジネスモデル体質』から脱しなければならない。赤字でも、先行投資ができるか否かが半導体事業のジレンマでもあったが、このジレンマを解消するビジネスモデルの構築が必要である」と提言している。

  • 半導体企業の投資計画状況と研究開発(公的事業参加)の状況
  • 半導体企業の投資計画状況と研究開発(公的事業参加)の状況
  • 半導体企業の投資計画状況と研究開発(公的事業参加)の状況

また、「大きな業界構造をもたらし、新たなビジネスモデルが鍵を握るのはチップレットである」とし、「その影響は、2000年頃のファブレスおよびファウンドリモデルに匹敵するものになるだろう」と予測した。その上で、「チップレットの要素技術は、日本が持つ強い素材や後工程が鍵であり、追い風となっている。だが、ビジネスモデルが従来のままでは、これまでと同様に、『技術で勝ってビジネスで負ける』の繰り返しになる。チップレットでは、統合工程の実現に価値が移り、設計と後工程の結びつきが重要になる。先端ロジックだけでなく、メモリや光電融合チップ、コンデンサなどが、プリント基板の上で、どう配置されるかといったことや、熱や三次元形状も考慮しなければならない。つまり、付加価値がシフトし、そこに多様なビジネスモデルが生まれることになる。チップレット時代の半導体産業の勝ち筋は、技術開発だけでなく、技術の特性を踏まえ、いかにエコシステムを形成し、オープン・クローズ戦略を考えたビジネスモデルを構築できるかにかかっている」と述べている。

さらに、「日本のR&D組織には、ビジネスモデルや社会実装を策定する部署を設け、さらに、こうした技術と経営の二刀流人材の育成が急務である」としたほか、「日本の半導体産業が国際競争力を堅持し、今後も持続的に発展していく上で重視しなければならないのは、蓄積された技術やノウハウを継承していく人材の確保と育成である。次代を担う人材の確保のためには、半導体が日常の生活を支え、未来社会を創り出し、身近で重要な存在であることを、広く世間一般に伝えるとともに、初等教育の段階から半導体を知り、学ぶことができる機会の提供が必要だろう。シニアの活用や多様性に対応した体制の構築を日本の半導体産業も推進すべきである」としている。

  • JEITA半導体部会による人材育成に向けた取り組み
  • JEITA半導体部会による人材育成に向けた取り組み
  • JEITA半導体部会による人材育成に向けた取り組み

半導体部会では、参加する9社だけで、今後10年間で、4万3000人の半導体人材が必要だと試算している。他の半導体関連企業を含めると、さらに多くの半導体人材が必要だと見ている。

一方で、日本政府が目指している2030年度の日本の半導体産業の規模は、世界の10~15%に留まるが、かつてのように50%のシェアを目指すべきできないとの考え方も示している。

「中国や欧州などがシェア30%以上の目標を掲げており、合計すると100%を超え、過剰生産、過酷な競争になることが想定されてる。産業を存続するには15~20%のシェアは必要だが、単純なシェア獲得ではなく、独自の存在意義や価値を見いだすべきだ。そこでは、モノからコト、さらにはイミへ、価値創造のためにビジネスモデルを変革しなければならない。目指すべきは、単純なシェアでなく、エコシステムや連携でのシェアである。半導体産業は、モノ的スケール競争力を脱し、市場シェア競争でなく、世界での貢献やビジョンを、いまから考え始めるべきであろう」とも提言している。