東京大学(東大)と大阪大学(阪大)の両者は5月10日、神経発達と再生における重要なプロセスである神経分化のメカニズムについてさまざまな遺伝子の働きが精力的に解明されてきた中で、今回、細胞内の温度変化がどのように関与するのかについて研究した結果、神経細胞内の自発的な発熱が神経分化における形態変化を駆動していることを発見したと共同で発表した。

同成果は、東大大学院 薬学系研究科の岡部弘基助教、同・内山聖一助教、阪大 蛋白質研究所の中馬俊祐大学院生(研究当時)、同・原田慶恵教授、同・外間進悟助教(現・京都工芸繊維大学 助教)、同・嶋崎幸穂大学院生、産業技術総合研究所 バイオメディカル研究部門の清末和之グループリーダー、京都大学 大学院生命科学研究科の秋山大宗大学院生(研究当時)、同・木下将希大学院生(研究当時)らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

  • 今回の研究の概要

    今回の研究の概要(出所:東大プレスリリースPDF)

神経幹細胞から神経細胞が発生する過程である神経分化は、神経機能の発達と再生における重要なプロセスであり、神経突起の伸長といった特徴的かつ劇的な形態変化を伴うことが知られている。従来、神経分化の研究では、種々の遺伝子にコードされたさまざまな分子によるシグナル伝達機構が解明されてきたが、神経分化における細胞内温度上昇の機能についてはまったく不明だったという。

  • 細胞内加熱による神経突起伸長の誘導

    細胞内加熱による神経突起伸長の誘導(出所:東大プレスリリースPDF)

そこで研究チームは今回、これまでに解明してきた細胞内の自発的な温度変動の存在に着想を得て、細胞機能解析に温度操作と観察法を導入し、神経モデル細胞やマウス脳皮質神経細胞の神経分化における温度変化の関与を調査することにしたとする。

まず、赤外線レーザーの照射による単一生細胞の局所的な温度を微細に操作する方法が開発された。それを用いて、3℃程度のわずかな温度変化が神経分化に及ぼす影響が調べられた結果、局所温度(特に核内)の上昇が神経突起の伸長を促進することが見出されたという。さらに、この加熱は、分化因子のない条件でも神経突起伸長を生じさせたことから、細胞内の熱自身が分化の因子として働いていることも明らかにされた。

次に、細胞内温度イメージング(生きた単一細胞内に蛍光性温度計を導入し蛍光顕微鏡で観察することにより細胞内の温度変化や温度分布を観察する手法)を用いて、神経細胞の分化前後での温度分布が比較された。すると、分化した神経細胞では高温が示されたほか、阻害剤を用いた詳細な検討から、分化に伴う細胞内温度上昇は、細胞内の主要な化学反応である転写と翻訳に由来することが突き止められたとした。

  • 神経分化時の細胞内温度イメージング

    神経分化時の細胞内温度イメージング(出所:東大プレスリリースPDF)

続いて、神経分化における熱の重要性を確認するため、吸熱性のポリマーを用いて、細胞内温度上昇を阻害した際の神経分化が観察された。細胞内温度上昇を抑制すると、神経突起伸長は著しく抑制されたという。さらに、この阻害した神経細胞に加熱することで突起伸長の阻害が回復(つまり突起が伸長)したことから、神経分化において自発的に生じる熱が突起伸長を駆動するトリガーとして機能していることが証明されたとした。

  • 細胞内熱操作による神経突起伸長の制御

    細胞内熱操作による神経突起伸長の制御(出所:東大プレスリリースPDF)

今回の研究の成果により、神経分化において細胞内の温度変化が深く関わることが確認された。このような物理量である温度が、細胞機能に貢献する現象は「温度シグナリング」と呼ばれ、ほかのさまざまなダイナミックな生命現象にも広く備わっていることが考えられるという。今後、生命機能を理解する上での新たな切り口となる可能性があり、さらに熱による神経細胞の機能制御は神経再生を伴う治療に貢献することも期待されるとしている。