ロート製薬と大阪大学(阪大)は5月9日、次世代シーケンサーを用いたさまざまなオミクス解析と、数理モデルを用いたシミュレーション解析により、データサイエンスを活用した新たな皮膚老化研究のターゲットを見出すことに成功したと共同で発表した。

同成果は、ロート製薬と阪大 蛋白質研究所の岡田眞里子教授、同・飯田渓太准教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、物理・生命科学・地球科学などの幅広い分野を扱うオープンアクセスジャーナル「iScience」に掲載された。

  • 今回の研究の概略

    今回の研究の概略(出所:阪大 蛋白質研プレスリリースPDF)

皮膚の老化は、紫外線などの外的要因と、加齢による内的要因が複合的に関与している。内的要因では、加齢に伴って皮膚組織に蓄積される老化細胞が関与しているが、そのシステムレベルでの発生メカニズムは未解明。そこで研究チームは今回、次世代シーケンサーを用いたさまざまなオミクス解析を行い、皮膚老化を誘導する上流因子を探索し、それらの実験結果に基づいた皮膚老化数理モデルの構築とシミュレーション解析を実施することにしたという。

新生児由来の正常ヒト真皮線維芽細胞を長期継代培養することにより細胞老化が誘導され、異なる細胞倍化数(PDL)(PDL24、PDL36、PDL47)を有する細胞が作成された後に、次世代シーケンサーを用いて発現解析が実施された。細胞老化を誘導した真皮線維芽細胞のRNAシーケンス解析の結果、サイトカイン(細胞間の情報伝達の際に分泌されるタンパク質)の一種である「TGF-β1」の下流転写因子である「SMAD3」および「SMAD4」が上昇することが見出された。また、細胞老化が誘導された真皮線維芽細胞のRNAシーケンス解析とATACシーケンスおよびChIPシーケンス(H3K27Ac)を用いた統合解析によって、TGF-β1が主要な上流制御因子であることが同定された。

次に、2つの公共データから正常ヒト真皮線維芽細胞の長期継代培養による細胞老化(in vitro)および加齢ヒト腕由来真皮線維芽細胞(in vivo)で共通して変動している遺伝子が抽出され、遺伝子エンリッチメント解析が実施された。すると、同じくTGF-β1経路が発現上昇することが確認されたという。

また、TGF-β1経路に関連する重要な遺伝子を調べるため、各データにおいて遺伝的発現量とPDL(in vitro)もしくは年齢(in vivo)との相関係数が計算された結果、両データによって皮膚老化において「THBS1」と「FMOD」が高い相関性を持つ遺伝子として発見された。

  • 公共RNAシーケンスデータを用いた皮膚老化標的遺伝子の探索およびその機能

    公共RNAシーケンスデータを用いた皮膚老化標的遺伝子の探索およびその機能(出所:阪大 蛋白質研プレスリリースPDF)

そして、それらの結果に関して実際の細胞老化への影響を確認するため、TGF-β1、THBS1、FMODを真皮線維芽細胞へと添加し、老化度指標として「β-ガラクトシダーゼ活性」を実験により評価することにしたという。すると、TGF-β1およびTHBS1添加条件下では、β-ガラクトシダーゼ活性陽性細胞が増加している一方で、FMODは単独では影響を与えないものの、TGF-β1もしくはTHBS1との組み合わせでβ-ガラクトシダーゼ活性陽性細胞を減少させることが判明した。つまりTGF-β1およびTHBS1は、真皮線維芽細胞に対して皮膚老化促進因子として働き、FMODは逆に抑制因子として働くことがわかったのである。

  • 長期継代培養による細胞老化もしくはTGF-β1処理による細胞老化誘導におけるTHBS1およびFMODのタンパク質発現変化

    長期継代培養による細胞老化もしくはTGF-β1処理による細胞老化誘導におけるTHBS1およびFMODのタンパク質発現変化(出所:阪大 蛋白質研プレスリリースPDF)

さらに、皮膚老化によって活性化し、細胞老化の誘導が示されたTGF-β1の処理による変化の確認が行われた。その結果、継代培養誘導による細胞老化の影響と同じくTHBS1は発現が上昇し、FMODは発現が減少したという。

  • 数理モデルによる皮膚老化シミュレーション

    数理モデルによる皮膚老化シミュレーション(出所:阪大 蛋白質研プレスリリースPDF)

それに加え、THBS1とFMODによって制御される皮膚老化の変化を定量的に理解するため、THBS1を制御するTGF-βシグナル、およびFMODを制御するVEGFシグナル伝達ネットワークを常微分方程式を用いて記述し、測定された実験値を再現する皮膚老化数理モデルが構築された。同モデルを用いて、皮膚老化の進行によって引き起こされるTHBS1およびFMODのタンパク質発現変化のシミュレーションが行われた結果、THBS1は入力依存的に変化する一方で、FMODは入力の影響をほとんど受けないことがわかった。このことは、THBS1が外部からの介入で、FMODに比べて制御されやすいことが示されているとした。

ロートでは、製品開発において動物実験を行わないことにしており、今回の研究では、データ主導型のオミクス解析および数理モデルによるコンピュータシミュレーションの有効性が示されたとする。実世界の疾患や疾病に対するシミュレーションへの需要が高まっており、その点で今回の研究は、皮膚老化に留まらない領域においても、これまで未解決な部分に対する新知見を提供していくとした。研究チームは今後、THBS1に対する制御に関し、より詳細な検討を進めていく予定としている。