野村勉・第一勧業信用組合理事長「苦しくとも、地域のために必要な仕事をし、努力しているお客さまを支え続けていく」

「こういう時こそ、地域密着でお客さまに一番近い我々の存在意義がある」─コロナ禍に直面する中で、野村氏は職員にこう訴えてきた。地域に密着した金融機関である信用組合。野村氏は今、取引先の資金繰り、本業支援、新たなビジネスモデル構築支援という仕事に取り組む。「世の中から必要とされている仕事をしているお客さまをお支えする。金融の本質はメガバンクも信用組合も同じ」と話す野村氏が目指すものとは─。

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資金繰りだけでなくビジネスモデル変革も支える

 ─ コロナ禍が始まってから4年が経過しました。この体験を踏まえた上で、現在の状況認識を聞かせて下さい。

 野村 コロナが起きた時の私の基本スタンスは、お取引先からのご相談にきちんと応えていくこと、そして職員の安全に気をつけながら、店舗を開け続けるということでした。

 お取引先については、資金繰り支援、本業立て直し、環境変化に対応したビジネスモデルの構築の3つに取り組むことを言ってきました。つまり資金繰り支援が輸血、本業立て直しが治療、変化対応が体質改善ということで、これをセットでやらなければ危機は乗り切れないと考えたのです。

 ─ コロナ禍では政府も音頭を取って「ゼロゼロ融資」(実質無利子・無担保の融資)で企業支援に乗り出しましたね。

 野村 ええ。コロナ期間中は政策当局も相当テコ入れして、倒産件数も低く抑えられていましたが、「ゼロゼロ融資」の返済も始まる中で、少しずつ倒産件数も増えてきています。

 その中で、いろいろな手を打っています。1つは2年半ほど前からプロジェクトチームをつくり、アフターコロナを見据えた人手不足、DX、脱炭素に対応してもらうための取り組みを進めてきました。ビジネスモデルの変革にはDXが絡むし、脱炭素対応はサプライチェーンから排除されないため、そして、中小企業にとって人材確保は大切だからです。

 ただ、お客さまは明日の資金繰りを悩みながら経営している方も多いので、「CO2を減らすのはいいことですからやりましょう」と言ってもできません。

 取り組みで業績が改善する、効率化でコストが下がるという仕立てにしなければなりませんから、そうしたノウハウに長けた企業と連携して取り組んでいます。

 これまでに約30社のお客さまと取り組んで、現時点までに課題が解決できているのは2割ほどですが、継続することで、さらに解決につながると思います。

 ─ 事業再生に関する取り組みはどうですか。

 野村 事業再生では例えば、「事業再構築補助金」など様々な補助金が国から出ています。この申請の支援などもしているのですが、東京都内の信用組合で最も採択件数が多いのは我々です。

 例えば、指輪などの金属加工を手掛けている企業の遊休地をサイクリングステーションにする、治療院が新たに治療用品をネット販売する、印刷会社が高精度の印刷機で付加価値の高い分野にシフトする、古いホテルがドアをスマートキーにすることで人手不足に対応するなど、様々な事例があります。そして、単に補助金申請のお手伝いをするだけでなく、事業が軌道に乗るようアフターフォローも進めています。

 もちろん、全てがうまくいくわけではありませんが、様々な機関とも連携し、行政に働きかけて補助金の使い勝手をよくしてもらうための活動も進めています。補助金については、行政が頭で考えるのではなく、使う側から要請するような動きが必要ではないかと考えています。

 ─ 転換期の中、金融機関としての役割は大きいですね。

 野村 正直に申し上げると、長い歴史の中で本当にその役割を果たせてきただろうか?ということを自らに問うているところです。

 本当に我々は地域の役に立ち、結果として選ばれているのか。正直に言いますと、ここ10数年ほどでは、組合員数も事業者向けの貸出も減少傾向にありました。ただ2、3年前から反転し、貸出、預金ともに増加しています。

 ─ この要因をどう分析していますか。

 野村 1つはメガバンクも含めて、効率化の側面もあり、中小、小規模企業にまで手が回らなくなっていることです。ですから今、我々はご不便を感じている方々を丹念にご支援しているのです。

 もう1つは、コロナ禍でお客さまが厳しい状況にある中、先程お話したような事業再生の支援をしていることがプラスに働いています。今後は多少、経済が回ってくるでしょうから、前向きの需要もあるだろうと期待をしています。

「金利が付く時代」をどう見据えるか

 ─ 市場では日本銀行の政策変更、マイナス金利やYCC(長短金利操作)の解除が近いのではないかと見通されています。この「金利が付く時代」をどう見据えていますか。

 野村 マイナス金利やゼロ金利を脱すること自体は好ましいと思います。金融機関としては金利の絶対水準が低すぎると、安定収益を得ながらの支援が難しい。結果として成長のための資金も細りかねない。一方、政策的に景気を刺激する必要が生じた時に、これ以上の金融緩和をするのは難しいでしょう。

 もちろん、いきなり高い金利になってしまうのも困りますが、今の日本経済の活力を考えると、すぐに成長するのが難しいという面はありますが、多少の金利水準はあった方が、いろいろな意味でやりやすいと思っています。

 ─ 正常化に向かっているという認識ですね。

 野村 そうですね。マイナス金利は一過性でやむを得ずに行った政策という意味では仕方がなかったと思います。しかし、世界を見てもマイナス金利のままなのは日本だけです。正常化に向かわなければ、次に危機が起きた時に大変なことになってしまうと思います。

 ─ 正常化の中ではチャンスも出てくると見ますか。

 野村 もちろんチャンスも出てきますが、環境変化に応じたビジネスモデルの変革も必要です。事業の付加価値を高め、事業の拡大が見込まれれば金利の負担に耐える力がつきますし、成長の礎を築いていけるということだと思うのです。経営者は新しい、今まで世の中になかったものを創り出すというマインドを持って取り組む必要があります。

 環境やニーズの変化に伴って自分達のビジネスのあり方を考え、今までになかったもので世の中に必要とされそうなものを、技術など自らの経営資源の中から、場合によっては、他社の経営資源と組み合わせて生み出す努力をしなければ、これからの時代は厳しくなると思います。

メガバンクも信用組合も「金融の本質」は同じ

 ─ 野村さんは2020年に理事長に就任しましたから、コロナの1年目でしたね。ここまでの間、社内にはどういう言葉を投げかけてきましたか。

 野村 20年6月の就任ですから、「コロナ理事長」と呼ばれました(笑)。

 職員に対しては「こういう時こそ、地域密着でお客さまに一番近い我々の存在意義がある」と話してきました。人間の体に例えると、血液の循環が金融だとすると、我々は毛細血管ですから、血液を細胞まで十分行き渡らせる役割があります。

 新しい環境変化の中でお客さまの成長をお手伝いできれば、きっと後から感謝されるし、「やっていてよかったな」と思える。そういう長い目を持ち、お客さまに役立つ充実感を感じてもらうことを意識して、話をし続けています。

 現在、日本国内には143組合ありますが、我々は預金量が東京都内で3位、全国でも20位以内に入ると思います。

 我々、信用組合は基本的に相互扶助の精神で、組合員がお互いに資金を出し合って、必要なところにお金を回していく「人」の集団による金融機関です。

 ─ 野村さんは旧第一勧業銀行に入り、みずほフィナンシャルグループというメガバンクで役員も経験されましたね。地域金融機関に来られて、感じる違いはありますか。

 野村 規模はもちろん違いますが、私は個人的には、金融の本質としては同じだと思っています。金融の本質とは何かというと、世の中に必要とされているお客さまの様々なステージにおける課題解決に資するサービスを提供し、それによってお客さま、ひいては地域社会の発展に貢献することです。

 当然、お客さまの活動の裏側にはお金が付いてきますから、そのファイナンスをするということですが、それは株式会社である銀行も、協同組織である信用組合も、基本的に同じだと思っています。

 ただ、株式会社は資本の論理がありますから、限られた資本を有効に使ってリターンを求めていくという声が強くなりますし、株主の声も受けながら経営することになります。

 従って、銀行は本質を考えながらも、収益性の高いところに経営資源を配分することになります。ですから、先程お話したように中小、小規模企業は手がかかって、あまり収益性が高くないということで、大企業や中堅企業に集中する方向にカジを切っています。

 しかし、信用組合は資本の論理が働くわけではありません。もちろん持続的に組合員を支援するためには一定の財務体力が必要ですから、収益はきちんと確保します。景気が悪化して、お客さまが苦しい時、場合によっては許される範囲で損を被ってでも支えるという意味でも体力を必要としています。

 その体力維持を念頭に置きながら、本当に地域のために必要な仕事をされているお客さまだと思えば、収益性は多少低くても、そこに経営資源を配分しようという考え方を取ることができるというのが我々です。これが両方を経験した私の考えです。

「この人に相談したい」と思われる「人間力」を

 ─ よく「ゾンビ企業」という言葉が言われます。日本の生産性を上げる必要があるという文脈ではありますが、この問題をどう考えますか。

 野村 先程申し上げたように、世の中から必要とされているかどうかだと思います。必要とされていれば、それほど成長していなくても、可能な範囲内でお支えする必要があると思います。

 ただ、世の中のニーズからずれているとしたら、そのままではいけません。持てる経営資源を生かしながら、新たなニーズに合わせて変えていく努力は必要で、その努力とセットでお支えしていくということだと思うのです。努力なしに、あるいは放置しているのに単にお金を貸すというのは、世の中的にも良いことではないと思います。

 大事な伝統を守る時も同じだと思うのです。松尾芭蕉が俳句の極意として「不易流行」と言っています。本質は守りながらも、その時々の傾向などを取り入れて少しずつ変えていく。それが伝統、本質を守ることにつながるのだと思っています。

 また、金融機関側も反省が必要です。我々にはありがたいことに情報が集まります。シュンペーターではありませんが、イノベーションは組み合わせです。ある情報を別の情報と組み合わせることで新しいことができる。それを後押しするのが金融機関の役目です。それが十分に果たせているかどうか。

 ─ 化学反応を起こすために「つなぐ」のが金融機関の役割だと。

 野村 ええ。金融機関に情報が集まるのは、信頼があるからです。その信頼を失ってはいけません。非常に人間臭い仕事で「この人にだったら、これを言ってもいいかな」というところに情報が入ってくるのです。

 その情報を結びつける時も、人間力が大切です。企業は人が動かしていますから、そこにいろいろな機微がある。ここも人が介在しないとうまくいきません。本物の情報と、最後のつなぎ合わせには人間技が生きてきます。

 ─ 職員の方々には人間力が求められますね。

 野村 そうです。「この人に相談したい」と思っていただけることが大事です。そのためには、幅広い視野を持った深みのある人間であること。そういう人は誠実に行動しますから、思いやりのある仕事につながります。そして多様性を許容し、活用できること。その上で、いざ行動を起こすときは一定のベクトルに導引できる人間になって欲しいと思っています。そして他人事ではなく、自分事として主体的に取り組む人。そういう人には信頼が生まれ、情報も集まり、いざという時は「この人がそう言うならやってみよう」となる。職員にはそういう資質を身に付けて欲しいなと思いますね。