熊本大学は4月30日、精子が作られる際の減数分裂プログラムに関わる遺伝子の発現を不活性化させる仕組みの詳細について、同プログラムの終結を制御する新しい遺伝子を発見したと発表した。

同成果は、熊本大 発生医学研究所の石黒啓一郎教授、同・大学大学院 医学教育部の吉村早織大学院生、同・島田龍輝助教らの研究チームによるもの。詳細は、英オンライン科学誌「Nature Communications」に掲載された。

ヒトの細胞核には、同じ種類の染色体が2本で1対となっており、合計23対46本が備わっている(男性の性染色体のみXとYの組み合わせなので、サイズや情報が異なる)。しかし、もし精子も卵も23対46本の染色体を持っていたとしたら、両者が受精した際、合計92本となってしまう。

そこで重要となるのが、「減数分裂」という特殊な細胞分裂である。精巣や卵巣では、複数の段階を経て精子や卵が作り出されるが、その過程で染色体が通常細胞の1対2本ずつの23対46本から、その半分の1本ずつの23本となるのである。こうして、23本ずつ持った精子と卵が受精することで、再び23対46本の染色体数に戻る。その結果、父親と母親の両方の遺伝情報を引き継ぎつつも、両親とはまた異なる新たな遺伝情報を持った子どもが誕生する。

  • 体細胞分裂から減数分裂に切り替わるメカニズム

    体細胞分裂から減数分裂に切り替わるメカニズム(出所:熊本大プレスリリースPDF)

減数分裂の仕組みは、精子であれ卵であれ、その形成過程においておおむね同じだが、制御のされ方が精子と卵では異なる。特に精巣では、減数分裂の完了後に精子形成に特徴的な大きな形態変化が生じ、この精子形成に向けて、減数分裂を実行するために活発だった多くの遺伝子の発現が不活性化される。

研究チームは2020年、減数分裂のスイッチを入れる遺伝子「MEIOSIN」を発見。数百種類におよぶ精子および卵の形成に関わる遺伝子が一斉に働くことや、MEIOSINの働きによって通常の体細胞分裂から減数分裂に切り替わるメカニズムが明らかにされている。しかし、精子形成に向けた遺伝子の活性化と減数分裂を終結に向かわせるメカニズムの詳細は不明であり、男性の不妊などの生殖医療とも直結する重要な問題でありながら、世界的にも長年解明されない課題だったという。そこで研究チームは今回、MEIOSINの指令下で働くことが予想される、機能が未解明な遺伝子の働きの解明に挑むことにしたとする。

今回の研究でターゲットとされたのが、「熱ショック因子」(Heat Shock Factor)に分類されるタンパク質の1つで、機能不明の「HSF5」だった。仲間である「HSF1~4」の4つは熱ストレスに応答して働くが、同タンパク質がそれらと同様に働くのか、それともまったく未知の機能を有するのか不明だったという。研究の結果、同タンパク質は、本来熱ストレスに弱い組織である精巣で特異的に発現することが判明した(精巣を内包する雄の睾丸は、そのために冷却しやすいように胴体外でぶら下がる仕組みが採用されており、体内の37℃よりも温度が3~4℃低く保たれている)。

  • HSF5は、精巣内で特異的に発現する

    HSF5は、精巣内で特異的に発現する(出所:熊本大プレスリリースPDF)

今回の研究ではHSF5の働きを調べるため、まずゲノム編集技術を用いて、マウスのHSF5遺伝子がノックアウトされた。すると、雄の生殖細胞が一度は減数分裂を始めるものの、途中で死滅してしまい、精子がまったく作られず不妊となることがわかったという。

次に、「シングルセルRNA-seq法」を駆使して、HSF5欠損マウスの精巣の詳細な解析が実施された結果、HSF5が減数分裂の中盤以降の制御に必須の働きをしており、精子形成の活性化に関わる働きがあることが確認されたとする。さらに、「ゲノム結合解析法」を用いて、HSF5が減数分裂の中盤に出現してDNAと直接結合する活性があること、さらに精子形成活性化に役割を果たす多くの遺伝子の調節領域である「プロモーター」に結合し、減数分裂のプログラムを完了に向かわせると同時に、精子形成の指令に働くことが明らかにされた。HSF5は、仲間のHSF1~44とはまったく異なるメカニズムだったのである。

  • HSF5遺伝子の欠損マウスの解析

    HSF5遺伝子の欠損マウスの解析(出所:熊本大プレスリリースPDF)

今回の研究成果により、HSF5が減数分裂の終了プロセスに必須であり、精子形成に関わる重要な遺伝子であることが判明した。今回の研究ではマウスが用いられたが、HSF5はヒトにも存在することがわかっている。ヒトに見られる不妊症は原因が不明とされる症例が多いが、今回の発見は、特に精子の形成不全を示す不妊症の病態解明に資することが期待されるという。また、近年の晩婚化傾向や不妊治療への保険適用が開始されるなどの社会的背景からも、将来的には減数分裂のクオリティを担保する技術開発の応用など、生殖医療に大いに貢献することが期待されるとしている。