ヒューリック会長・西浦三郎の「他とは違う事を考え抜く!」

「銀座に高級な高齢者施設をつくる」─。不動産開発で一味違う路線で成長してきたヒューリック会長・西浦三郎氏はまた新たな構想を打ち上げる。日本の長期的課題である人口減少、少子化・高齢化の中で、どう成長軌道を築くかということ。日本銀行の金融政策変更の中、株価は日経平均で4万円台を付け、賃金引き上げもあり、企業の業績は好調だが、いずれは株式市場でも、「勝ち組、負け組という選別で銘柄が選ばれる時が来る」と西浦氏。人手不足はすでに深刻化し、介護、ドライバー、建設、さらには医療分野で悲鳴があがる。不動産業界にあって、三井不動産や三菱地所、住友不動産など大手とは文字通り、一味違う経営手法で成長し、存在感を示してきたヒューリック。「場所の良し悪しとか、何か特徴がないと生きていけない」と独自の生き方を堅持しつつ、危機管理の要諦に「耐震問題、富士山噴火対応、そして人口減に伴うポートフォリオづくり」の3つを掲げる。高級介護施設や、教育サービスに特化した『こどもでぱーと』など、時代の変化に対応した新事業の構築とは─。

株価は今、好調だが企業の業績は二極化が…

 新型コロナウイルス感染症は昨年5月にインフルエンザ並みの第5類に移行し、インバウンド(訪日観光客)も急拡大。企業業績も好調で、株価は3月上旬、日経平均終値が史上初の4万円台超を付け、日本経済は今のところ順調に推移している。

 賃上げも、全体で前年比5%のアップで、好業績の企業は10数%アップで優秀な人材を確保するといった前向きな姿勢が目立つ。

 ヒューリックは不動産業界で近年、急成長してきた会社。みずほ銀行副頭取を務めていた西浦三郎氏が2006年社長に就任してから、都心の〝駅から3、4分〟の好立地にオフィスを展開し、『見上げれば、そこに。ヒューリック』といったキャッチコピーで成長。

 最近はホテル・高級旅館経営にも着手。さらに、成田国際空港近隣に大型物流施設(約13.6万坪=約44.8ヘクタール)づくりに乗り出し、都内では大型商業施設を取得するなど、新領域開拓にも積極的だ。

 また海外では、成長著しいベトナムで、イチゴや野菜づくりを手がけるなど、ユニークな事業を開拓している。

 不動産業界では、御三家とされる三井不動産、三菱地所、住友不動産の存在感が大きいが、西浦氏はヒューリック経営を担って以来、「大手と同じ事はできないし、また真似事をやっていたのでは、われわれは生き残れない」として、独自の生き方を模索し、実行してきた。

 3月中旬時点での株価時価総額を見ると、三井不動産(4兆435億円)、三菱地所(3兆3304億円)、住友不動産(2兆1957億円)に次いで、ヒューリックは1兆1626億円を付け、業界4位のポジション。

〝先輩格〟の東急不動産HD(時価総額7730億円)、野村不動産HD(同約7015億円)や東京建物(同約4538億円)を上回る時価総額である。

「他とは違う事を」という独自の経営戦略を打ち出してきた西浦氏は、日本経済の現状、そして先行きをどう見ているのか。

「株価に表れている通り、日本の企業業績はいいということですが、これから全部が上がっていくのかというと、必ずしもそうならないのではないか。一時的にはそういう傾向が出るかもしれないが、どこかでやはり銘柄が選ばれるんだと思います」

 グローバル世界を見ても、米中対立があり、ロシアによるウクライナ侵攻はまだ続く。イスラエルとイスラム軍事組織ハマスとの戦いも、停止する兆しはまだ見えない。

 肝腎の米国内は、もしトランプ氏が大統領に再選されれば、内向き政策でウクライナ問題やNATO(北大西洋条約機構)の結束にもマイナス影響が出ると予測され、波乱含み。中国自体も不動産不況や若者の失業問題など多くの課題を抱えている。

 日本国内はどうか?

 日本の場合は、人口減少、少子化・高齢化に伴って、さまざまなヒズミが出始めている。人手不足は各産業界で、成長制約要因として重くのしかかり、産業構造の変化を促している。

 それは、業績の明暗を分ける二極化という形で現れている。

「よく、勝ち組、負け組という言い方をしましたけれども、もう何社しか生き残れない時代が来るのではないかと思うんですね」

 日本銀行の金利政策変更で、そうした現象も促進されそうだ。

オフィス事業の将来性

 西浦氏が中長期的に見て日本の課題とするのは、人口減少から来る労働人口の不足。

「いろいろなシンクタンクの予測だと、2040年には1100万人の労働人口が足りないと書いてあるんですよね。その一番が介護。二番目がドライバー(運転手)で、三番目が建築業界。そして四番目にお医者さんや看護師や薬剤師などの医療関係があげられる。そう見ていくと、人口の減少というのが、いろいろな意味で影響してくるのかなと思うんですね」

 同社の事業は不動産業93%、ホテル・旅館5%、保険1%という構成。大半を占める不動産業の中で、オフィス事業をどう組み立てていくかという課題。

「当社の場合、不動産業の中でオフィス賃貸は50%以下にしています。それで何とか0コンマ何パーセントという形の空室率で済んでいます」

 現状では、空室率も問題ないとしながら、今後予想されることについて、西浦氏が語る。

「今後はもしかしたら、建て直した所が賃料は上がらないけど、(入居者は)入って来る。その代わり、古いままの所は、みんな新しい所に抜けていく。普通だったら、新しい所は賃料が高くなるのが然るべきなんだけれども、それが上がらないということも考えられる。多分、そういう状況になってくるのかなと」。

 西浦氏は、オフィス環境の流れを大まかにこう捉えながら、「ただ、場所によります」と次のように語る。

「銀座では正直言って、われわれが考えている以上の賃料を出してくれる所があるんですよ。銀座の中央通りなどでは、われわれが坪当たりいくらと考えていた以上の賃料でも入りたいというお話があります」

 立地が良いとか、そのオフィスに何か特徴がないと事業の持続性は厳しくなるという見方。

「有事」への備えは?

 近頃人口減の他にも、地震や火山の噴火、風水害など、自然への備えをどう進めていくかという課題も重くのしかかる。

 危機管理を経営の中にどう取り込んでいくかというテーマ。

「今やらなければいけないことというのは、耐震問題と富士山噴火対応、そして人口減少に伴うポートフォリオをどう変えていくのかというこの3つが大きいと思うんです」と西浦氏。

 DX(デジタルトランスフォメーション)が進歩する今、懸念されるのは電力不足だ。電力・エネルギー需要が高まる中で、SDGs(持続可能な開発目標)が国連主導で進む。

 流動的な要因もある中で、「カーボンゼロも本当にやるのだったら、これは大変な話になってくる。原子力もエネルギー確保の観点から、重要なエネルギー源として浮上してきますが、地域住民の賛成がないと動かせない」と西浦氏は語る。

 そうした流動的な状況下、「耐震性とか富士山噴火とか、カーボンゼロというのは、これはお金があれば何とか手が打てます。しかし、人口減というのは、そうはいかない」という認識を西浦氏は示す。

ワクチン保管が可能な物流施設を成田に建設

 今、同社が不動産業務を進化させ、注力しているのが、本稿冒頭で紹介した大型物流施設。

 成田国際空港近くでの約45㌶にも及ぶ物流施設建設。同社は同じ千葉県柏市などにも物流倉庫を建設しているが、成田国際空港での通関・検疫業務も担うということで注目される。言わば、「飛行場の代替をしてしまおう」というもの。

 成田国際空港が日本の空の玄関口として開港したのは1978年(昭和53年)5月で46年が経つ。半世紀近くの歳月が流れると、〝不具合〟も生じてくる。

 コロナ禍では米国からワクチンを輸入し、国民にワクチン接種を促したわけだが、このワクチンはマイナス40度以下の超低温で保管しなければいけない。

 しかし、成田空港には超低温管理に適した冷凍装置がなく、米国からワクチンが到着したらすぐ、次の目的地に運び出す措置を取らざるを得なかった。

 そこで、ヒューリックは大型物流施設を空港近くに建設する際、ワクチンなどを冷凍保管する機能を持った物流施設にすることを決めたという経緯。

製鉄所跡地の再開発や半導体事業分野にも参画

 現在、JFEホールディングスは川崎市扇島地区に所有する製鉄所(高炉)を休止して、その跡地の一部を研究施設などに生まれ変わらせる計画を川崎市と共に進めている。京浜工業地帯の中核であった同地区が新しい街に変化していくことに同社も積極的に関わっていく考えだ。

「研究所の関係者が往来されるようになる。宿泊者を受け入れるためのホテルを誘致したり、生活する上で必要なスーパーを誘致するというような街づくり。土地はJFEさんのものですが、かつて工業地帯だった地区を新しい街にという川崎市さんの要望に応えていきたい」

 DXの進化、EX(エネルギートランスフォーメーション)の展開と、時代が大きく転換する中で、土地の再開発に関わっていくということである。

 また同社は、三重県四日市での半導体メーカー・キオクシアの〝事業構造改革〟にも参加。

 今年2月キオクシアは、米Western Digital(ウェスタンデジタル)と共同で、四日市工場と北上工場(岩手県北上市)の2カ所で計4500億円規模の投資を行うと発表。

 半導体開発には莫大な投資を要するが、同社はすでに2022年に四日市工場で生産能力を強化することを表明ずみ。

 日本の半導体復活は、〝失われた30年〟を経た日本再生に深く関わってくる。東芝から切り離されたキオクシア自体も一連の投資に社運をかけて取り組む。

 経済産業省もこの一連の投資を支援すべく、助成金(2429億円)を提供する方針。

 ヒューリックは、キオクシア四日市工場の土地(約65ヘクタール)を買い上げて所有。キオクシアがその土地を借り受けて工場を運営するという形を取る。

 日本の産業構造はガラリと変わろうとしている。当然、ヒューリックも変革していかなくてはならないと西浦氏が語る。

「今回、半導体の土地をうちが持つことになりました。半導体というのは、わたしも銀行時代にメーカー、半導体を製造する機械をつくる会社の担当者だったりしましたが、これはもう波があるのはしようがないですよね。だけど、日本の政府も経済安全保障の観点から、補助金を随分出したりとか、時代も変わってきました。そこで、うちは四日市でキオクシアの土地を全部買うことにしました」

 西浦氏は半導体工場の土地購入の動機をこう語り、続ける。

「従来のように駅のそばというだけではなくて、話題の物をいろいろと考えていかないと。不動産業としても、人口が減っていく中では、どうしようもないのではないのかなと、そう思っています」

国内の老人ホームは5000室で〝打ち止め〟

 前述のように今、日本は人口減少、少子化・高齢化の流れの中で、人手不足という問題に直面している。

 ヒューリックはこれまで、日本の高齢化に対応し、老人ホーム事業に参入してきた。約5000室の事業規模であるが、この老人ホーム・介護施設分野では、世話をする人材の不足が深刻になっている。

「このところ、利回りが正直言って落ちてきています。それはもうしようがないと。結局、介護の現場で働く人たちの給料を上げないと人が集まらない。それで、うちは5000室位で一旦やめようと」と西浦氏は語る。

 では、今後どう対応するのか?

「アメリカの老人ホームに投資することも検討中です」

 同社が手がける老人ホームは、どちらかというと高級な施設。米国のそうした老人ホームで参考になることは何か─。

「日本と違うのは、例えば、ご主人が亡くなると話し相手がいないから施設に入るんだと。日本の場合は、老人ホームにはあまり入りたくないという風潮があると思うんですけれど、アメリカでは老人ホームの位置付けが違っているんです」。

 同じ老人ホームでも、日米で違うのは、ホームで医療行為ができるか、そうでないかということ。

「アメリカの場合、医療行為ができます。日本でちょっと病気になると、病院に入らなくてはならない。それも3カ月経つと保険の点数が低くなるので、病院から追い出されてしまう」と西浦氏は日本の課題を挙げる。

 事業家としては、利回りの低い事業からは手を引かざるを得ない。かといって、それが日本の国民にとっていいのかという事を考えさせられると西浦氏は心情を吐露。悩ましい決断だ。

建設費高騰に苦慮

 今、資材価格や人件費上昇などによる建設費の高騰が国内の建設投資の〝壁〟になっている。「本当に建設費が、わたしがこの会社に来た時(2006)の2.5倍から3倍ぐらいにハネ上がっています。賃料が上がれば問題ないんですが、特にオフィスは、周りの物件に引っ張られてしまって上がりにくい。だから、そういう意味ではそんなに楽ではないということです」

 同社では2020年から2029年の10年間に計100棟のビルを立て替える計画。

 すでに30棟以上は建て替えが完了しており、約40棟が工事中。工事中のものは費用が大体決まっているので、建設費高騰の中で、残りの部分をどうするのかという課題である。

東京のど真ん中・銀座に高級『老人ホーム』を

 そうした環境の中で、先述の国内の老人ホームは今後どう展開していくのか。「銀座に超高級老人ホームをつくろうと思っています」と西浦氏は語る。

「最初は、ご夫婦で入っていただいて、健康な間は、どちらかが体調が悪くなれば、個室で介護させていただくと。和食は(ヒューリック経営の)『ふふ』の料理、それから洋食はザ・ゲートホテルで取ってもらうと。だけど、毎日は『ふふ』の料理を食べられないので、たまには干物とか納豆とか、そういうものを食べる。その辺りは組み合わせができます。で、一階にレストランをつくって、外部の人も利用できるようにしようと考えています」という西浦氏の構想。

 開発中の高級旅館『ふふ』やザ・ゲートホテルと連携しての高級老人ホームの運営だ。

 医療機関と連携すれば、入居者の健康チェックも安心してできるということで1階にクリニックを開設することも検討中。

 先に述べた通り、同社は銀座に多数の物件を所有。中央通り沿いの商業施設『銀座コアビル』や『ティファニー銀座ビル』など、計37棟を持ち、〝銀座の大家〟と言われるほど多彩なビル事業を展開中。

 また、日本橋地区では、日本橋高島屋三井ビルディング14階に会員制の『ヒューリックプレミアムクラブ日本橋』を開設。地下鉄銀座線日本橋駅から徒歩1分、銀座駅からも近く、アクセス抜群な立地。

 銀座や近隣の日本橋にある商業ビルや会員交流施設にはレストランや娯楽施設(カラオケルームやマッサージ室など)があり、今回銀座に新設予定の高級老人ホームの入居者も、これらの既存施設を利用できるという触れ込みだ。

 この高級老人ホームも、日本の高齢化に対応した事業戦略の一環である。

『こどもでぱーと』を少子化対策として開設

 では、少子化には経営者としてどう対応していくか─。

 2023年の新生児数は72.6万人(前年比5.8%減)と非常に少ない。団塊の世代(1947―1949生まれ)が平均で年間約270万人の出生数があった頃と比べて、その3割にも満たない水準。

 戦後70年余で環境はガラリと変わった。そこで、ヒューリックは減少していく子どもをターゲットにする新規事業『こどもでぱーと』を推進している。

『こどもでぱーと』は、子どもの学習塾や体操・音楽教室などのテナントを集めた専門ビル。

「学習塾にしても、経常利益は20億円から30億円という所が多い。これから子どもが減っていけば、絶対苦しくなっていくと思います。そうなる前に、ヒューリックの学童保育みたいなホールディング会社をつくり、そこに参加しませんかと呼びかけています」

 具体的に現在、『こどもでぱーと』は6つの案件に取り組んでおり、2025年には、都内でJR中野駅前と東急田園都市線たまプラーザ駅近くの2カ所で開業する予定。

 これは、学習塾のリソー教育、体操教室のコナミスポーツと提携して開発が進行中。

 リソー教育(東証プライム市場に上場)は首都圏を地盤に個別指導受験塾『TOMAS』などで知られる塾を展開。ヒューリックはリソー教育の筆頭株主(出資比率20.3%)で西浦氏も取締役として経営に加わる。

「今の20代後半から40代初めは、75%がダブルインカムの家庭。『こどもでぱーと』には、学習塾や体操教室が入りますが、クリニックも入れたいなと。例えば、保育所や幼稚園では子供がちょっと熱が出ると、お母さんをすぐに呼び出すわけですね。軽い症状なら、そこで面倒をみる。もちろん重症なら病院に連れていきますが、常に看護師さんが面倒をみられるようにしておくと。夕食も出したりして、ダブルインカムの家庭の一助になればと考えています」

 海外事業としては、例えばベトナムで農業領域を開拓。流通グループのイオンと提携し、同国内のイオン店舗(6店舗)に葉物野菜を納入。他に、菊などの花をコメリの販売ルートに乗せて販売している。

 今後は、もう少し高級化を図り、メロンやパパイヤなどの果物をシンガポールやタイ国などのASEAN(東南アジア諸国連合)にも広めていく考え。

 日本国内でも、山梨県北杜市でトマト栽培を行うなど、農業での知見が進む。

「他人様のやらないことをやる」という考え方で独自の道を追求してきたヒューリック。

「うちは新事業創造部をつくりました。考えることができる人がどれだけいるかで事業の成否は決まります」

 西浦氏は、「考えて行動できる人を育てたいし、従来の事ばかりでは何の意味もありません」と強調する。

 考えて実行する経営の追求は今後も続く。