東北大学と東京工業大学(東工大)は、強誘電体の分極反転挙動をナノスケールの空間分解能で、かつ、従来法の300分の1の短時間で高精細な画像を観察可能な新たな顕微鏡手法「局所C-Vマッピング法」を開発したと共同で発表した。

同成果は、東北大 電気通信研究所の平永良臣准教授、同・大学 未来科学技術共同研究センターの長康雄特任教授、東工大 物質理工学院材料系の舟窪浩教授らの共同研究チームによるもの。詳細は、米国化学会が刊行するナノマテリアルに関する分野全般を扱う学術誌「ACS Applied Nano Materials」に掲載された。

  • 今回開発された局所C-Vマッピング法の装置図

    今回開発された局所C-Vマッピング法の装置図(出所:東北大プレスリリースPDF)

強誘電体は自発分極と呼ばれる、外部からの電圧の印加によって反転が可能な電気分極を有する材料であり、すでにそれを活用したメモリデバイスが実用化済み。しかし、従来のペロブスカイト構造の強誘電体は薄くなると強誘電性が失われてしまい、デバイスの微細化や低消費電力化に限界があることが課題となっていたという。

ところが近年になって、10nm以下という薄さでも強誘電性を維持できる蛍石型構造やウルツ鉱型構造など、新たなタイプの強誘電体が発見され、それらを用いた次世代超低消費電力メモリデバイス、さらには高度な演算を可能とするAIデバイスの実現が期待されている。

一方、従来型であれ新型であれ、強誘電体材料には共通して分極反転動作(メモリデバイスにおける書き換え動作に対応)を多数回繰り返すと、分極量が徐々に減少してしまう「分極疲労」が生じ、それによりデバイスの信頼性が損なわれてしまうことが大きな課題となっていたとのこと。

分極疲労を抑制し、デバイスの信頼性を向上させるためには、微小領域における分極反転挙動の詳細を理解し、材料特性の改善を図る必要があるという。さらに、デバイスの微細化が進む中、セルごとの特性のばらつきも顕在化しており、その要因を解明するためにも、ナノスケール評価技術の発展が求められていた。そこで研究チームは今回、微小領域を観察するための新たな顕微鏡手法である局所C-Vマッピング法(C-Vは静電容量-電圧を意味する)を開発することにしたとする。

  • 局所C-V曲線の測定例

    局所C-V曲線の測定例(タンタル酸リチウム単結晶)(出所:東北大プレスリリースPDF)

今回の手法は、プローブ顕微鏡を改良した計測システムの「走査型非線形誘電率顕微鏡」(SNDM)を用いてが開発された。SNDMのセンシング部は、先端がナノスケールの探針(プローブ)と、高感度静電容量センサから成り、計測サンプルにバイアス電圧を印加した時に生じるわずかな静電容量の変化(あるいは誘電率の変化)を測定することができる。

今回の手法を用いて測定されたC-V曲線のピーク位置やピーク面積などを解析することで、分極反転挙動の情報を抽出することが可能。さらに、プローブは精密な動作を特徴とするピエゾアクチュエータによって移動でき、それによる各点での測定を行うことで、二次元画像的なデータを得ることもできる(なお厳密には、各測定画素には単独の数値データではなくC-V曲線が格納されるので、取得されるデータはハイパースペクトル・イメージデータと呼ばれる膨大な情報量を含むデータセットとなる)。

  • 局所C-Vマッピング法により得られた実験データの機械学習解析例

    局所C-Vマッピング法により得られた実験データの機械学習解析例(酸化ハフニウム系薄膜)(出所:東北大プレスリリースPDF)

このような計測によって、たとえば分極反転電圧の面内のばらつきを直接観察することが可能になり、結晶欠陥などの分極反転を阻害する要因が、どこにどの程度偏在しているのかを実空間で捉えることができるようになるとした。

また計測時間は、従来手法の約300分の1にまで短縮。それにより、これまでならわずか1回の計測でも数日間を要していたような高解像度観察データを、わずか10分程度で取得できるようになったという。

さらに、同一観察エリアにおける表面形状像の同時取得も実現し、局所C-Vマップデータを比較することで、たとえば結晶粒の境界などが分極反転挙動にどのようにどの程度の影響を与えているのかを、直接的かつ詳細に調べることもできるようになったとした。

  • 局所C-Vマッピング法と同時に取得された表面形状像と、画像解析によって抽出された結晶粒(グレイン)境界パターン

    局所C-Vマッピング法と同時に取得された表面形状像(左)と、画像解析によって抽出された結晶粒(グレイン)境界パターン(右)(出所:東北大プレスリリースPDF)

そのほか、得られた計測データの解析に機械学習の「クラスタリング」手法が用いられており、類似する分極反転挙動を示す領域を自動判別し、色で塗り分けて表示するという手法も開発。このデータから、さまざまな領域がどのように分布しているのかを捉えられるようになったとした。

今回の研究成果により、各種強誘電体における分極疲労現象に関する理解が進むことで材料特性の改善が促されると同時に、デバイスの微細化に伴って顕在化しているセルごとの特性ばらつきの原因究明にもつながることが期待されるという。また、今回の手法を既存プローブ顕微鏡手法と組み合わせた統合計測システムに発展させれば、強誘電材料特性に関するさらなる多角的な解析が可能となり、この分野の発展に貢献することが期待されるとしている。