筑波大学と長岡技術科学大学(長岡技科大)の両者は4月26日、ヒトが集団で行動する時に共有する“今”の長さの感覚が、その個人が参加している集団が大きくなるにつれて増加することがわかったと共同で発表した。
また、その傾向は集団の中で受動的に振る舞うほど強く現れ、“今”の感覚は、集団のサイズや関わり方によって柔軟に変化していることが明らかになったことも併せて発表された。
同成果は、筑波大 システム情報系の新里高行助教、長岡技科大 技学研究院 情報・経営システム系の西山雄大准教授らの研究チームによるもの。詳細は、心理学に関する全般を扱う学術誌「Frontiers in Psychology」に掲載された。
ヒトは五感を通して外界からのさまざまな情報を捉え、脳で統合して世界を認識している。こうした異なる五感の情報を同時に起こっていると感じ取れる時間の幅は「時間統合窓」(Temporal Binding Window)と呼ばれる。
ヒトは時間統合窓の範囲内であれば、別々の出来事が“今”同時に起こっていると感じることが可能だ。この時間幅についての研究はこれまで、視覚・聴覚における個人の複数の感覚を対象として多数が行われてきたとのこと。その中では、口の動き(視覚情報)が「バ」という動きであるのに対し、発声される音(聴覚情報)が「マ」と一致しない時、ヒトは実際には存在しない別の「ダ」の音が聞こえてしまう錯覚現象の「マガーク効果」などが見つかっている。
しかし、集団としての時間統合窓の性質や法則性は、まだよくわかっていない部分が多いという。もし、集団が1つのエージェント(主体)として行為するようなことがあるならば、“今”というタイミングは共有されなければならないはずで、個人の“今”とは異なる可能性がある。そこで研究チームは今回、「集団サイズが増加すると共に時間統合窓もまた増加する」という仮説のもとに実験を行ったとする。
実験ではまず、さまざまな拍手音を収録して人工的な拍手音を構成し、この拍手音のタイミングをある時間範囲(T)内に、集団の人数(N)に応じて一様に分布させた。すると、Tの幅が狭いほど拍手の音は密集し、1つの拍手音として感じられるようになる一方、Tが大きくなると拍手の音はバラバラに聞こえる。
そして実験参加者に対し、このグループの拍手を3回、4Hzのリズムで約1秒間提示したのち、参加者(男性31人、女性9人、平均年齢22.1才)は、聞こえた拍手音が「だいたい揃っているか」をYes/Noで判断した。また、参加者の集団への関与度に応じた3通りのタスクが設定された。最も低い関与度では、参加者に自動に流れてくる拍手音声を聞かせ、同期しているか否かを判断。中くらいの関与度では、参加者は4Hzのリズムでキーボードを叩き、それと同時に拍手が生成されるように設定された(参加者は、自分がキーを押すことで拍手を能動的に生成したと感じる)。さらに最も高い関与度では、自動に流れてくる拍手音に合わせるようにキーを押すというものだった。どの関与度の参加者も、常に状況に対して受動的に振る舞うという内容である。
実験の結果、集団への関与度に依存せず、拍手の人数が増加すると時間統合窓が対数的に比例して増加することが確認された。また、時間統合窓の境界の曖昧さ(時間統合窓の個人内誤差)はグループ内の人数の増加に伴って増加することはなく、一定が保たれたことについて、研究チームは興味深い点としており、集団サイズの増加に伴って刺激が複雑になることで判断が曖昧になるのではなく、参加者において「1つの時間幅=今」が能動的に構成されていることを意味するという。
さらに、タスクに対して受動的に振る舞う時(関与度高)は、ほかの能動的(関与度中)もしくは完全に何もしない(関与度低)時に比べて、有意に時間統合窓の増加が観察されたとのこと。つまり、「自身の行為によって拍手音が鳴る」という因果関係がはっきりしている時よりも、「自他の混在した行為によって拍手音が鳴る」という因果関係が曖昧な時の方が、より集団の中で“今”の感覚の長さが増大していることを意味する。これは誰がリーダーかわからないような不確実な文脈を含む集団行動の中で、どのようにお互いの時間が調整されているかが示唆されているとした。
今回の研究では、集団のサイズが増加すると時間統合窓も増加することが示されたが、同時に、集団のサイズと時間統合窓が対数法則に従う時(Weber-Fechnerの法則)、音楽などに見られる「ジョイントラッシュ」という集団におけるリズムが加速する現象が説明できることもわかったという。つまり、集団が1つのエージェントとして振る舞う時、個人ごとの間の時間感覚は柔軟に調整されていることが示唆されたことから、研究チームは、さまざまな集団現象の説明にこの結果が応用できることが考えられるとしている。