最近の半導体業界では、シリコンカーバイド(SiC)や窒化ガリウム(GaN)などの新しいワイドバンドギャップ(WBG)材料を使用したデバイスに関するニュース報道や議論が多くなっています。このように注目されると、ほんの数年前まで、多くのアプリケーションで好まれていたソリューションが絶縁ゲート型バイポーラトランジスタ(IGBT)であったことを忘れがちです。
IGBTを使用した中・大電力アプリケーションは、デバイス自体がそうであるように今も存在しています。この記事では、IGBTの詳細を説明し、IGBTに適した既存のトポロジと新しいトポロジについて考察します。
IGBTの物理的構造
IGBTは、4層の半導体材料(P-N-P-N)が交互に積層された半導体トランジスタまたは半導体スイッチです。このデバイスは、ゲートに適切な電圧が印加されると電流を流すことができます。この電圧を取り除くと導通が停止します。
IGBTは誕生以来、特にスイッチング損失の改善と構造の薄型化に関して進歩を遂げ、改良されてきました。今日、IGBTはデバイス内の寄生NPN特性を抑制する手段として、トレンチゲートとフィールドストップ構造を組み合わせることが多くなっています。これが実現すると、導通損失と飽和電圧が低下し、電力密度の向上などの利点がもたらされます。
IGBTの使用例と手法
IGBTは家庭用電化製品だけでなく、ソーラーインバータ、エネルギー貯蔵システム、無停電電源装置(UPS)、モータドライブ、EV充電器、産業用溶接など、幅広いアプリケーションで使用されています。多くの場合、トポロジは特定のアプリケーションのニーズを満たすために明確に選択されるため、一般的なアプリケーションをいくつか比較してみます。
産業用溶接
高品質な溶接が必要な場合は、溶接工程を高い精度で制御する必要があります。このため、DC出力電流で必要な精度を実現できるので、一般的な溶接トランスではなくインバータを使用するのが普通です。
また、一般的にはDC電流の方が安全だと考えられているため、安全面での配慮もあります。ユーザーの観点から言えば、インバータはトランスよりも小型・軽量なので、溶接機はよりポータブルになり便利に使えます。
一般的な溶接機では、単相または三相のAC主電源を整流してDCバス電圧を作ります。整流器は、コントロールユニットに必要な電圧を生成する小型コンバータにも電力を供給します。DCバス電圧は通常、公称出力電圧が約30VDCのインバータに電力を供給します。しかし、使用中には、負荷が開放された状態ではこの電圧が2倍になり、溶接アークが発生するとほぼ0Vに低下します(事実上の短絡)。
インバータ式溶接機での使用に適したトポロジは多数あります。最も一般的なものは、フルブリッジ(FB)、ハーフブリッジ(HB)、ダブルスイッチフォワードなどです。FBおよびHBトポロジでは、スイッチング周波数は数十kHzで、通常は20~50kHzの範囲です。デューティサイクルは負荷レベルと出力電圧に基づいて制御されます。制御方式としては、通常は定電流です。
産業用モータドライブ
最も一般的な産業用アプリケーションのひとつが産業用モータドライブで、ロボットや大型機械、その他モーションが必要な多くのアプリケーションで使用されます。大部分のモータドライブ・アプリケーションは、2kHz~15kHzの周波数でHBとして構成されます。このアプリケーションからの出力電圧は、スイッチング状態と電流極性によって決まります。
モータは誘導負荷なので、電流は急激に増加します。正の電流が流れると(Ig>0)、ハイサイドトランジスタ(T1) が導通し、負荷(Vg)にエネルギーを供給します。しかし、負荷電流Igが反対方向(負極性)に流れると、電流はD1を経由して逆流し、エネルギーをDC電源に戻します。
ローサイドトランジスタが導通し(T4がオン)、ハイサイドトランジスタ(T1)がオフの場合、Vbusのマイナス半分(-Vbus/2)に等しい電圧が負荷に印加され、電流の流れが減少します。Igがゼロより大きい場合、電流は D4を通過して流れ、エネルギーをバス電源に戻します。
最新のIH調理器
高温になって熱エネルギーを鍋に伝達する従来の電気ヒーターに代わるIH調理器は、ワイヤーのコイルを励起して電流を鍋の底部で循環させる原理を使用しています。IH調理器を機能させるには、鍋の底部が物理的にコイルの近くにあることが必要であり、またそれに適した金属は限定され、透磁率の高い材料が要求されます。
この理論は、コイルが一次側、鍋の底部が二次側になる通常の電源トランスに似ています。また、最新の電磁誘導充電技術とも多くの共通点があります。
鍋を温めるのに必要な熱は、鍋の底層における渦電流の循環、具体的には渦電流の流れに対する抵抗によって発生します。誘導結合を使用すると、鍋の中で熱を発生させるためにエネルギーの約90%が伝達されます。IH調理器以外の一般的なスムーストップの鍋では、エネルギーは約70%しか伝達されないため、損失は3 分の1に低減されます。
使用するトポロジは、溶接回路とはまったく似ていないわけではありません。主電源ACは整流されて、インバータとコントローラ用の小型補助電源を駆動します。インバータは銅コイルに電流を誘導し、それによって電磁場が発生して鍋に渦電流を誘導します。発生する熱量は、鍋底の電気抵抗に誘導電流の2乗を掛けた値に等しく、これは「ジュール効果」として知られています。
溶接機とは異なり、IH調理器の制御方式は、多くの場合は可変周波数方式です。これは単純なアプローチですが、出力電力を広い範囲で制御するのに必要な周波数の範囲に課題があります。
共振コンバータは、IH調理器が必要とする高い周波数でも高効率で動作できます。したがって、このアプリケーションでは一般的に、共振タンクベースのコンバータ、特に共振ハーフブリッジ(RHB)コンバータと準共振(QR)インバータが使用されます。RHBコンバータは幅広い負荷に対応できるため、特に高く評価されています。多くの場合、電力損失を最小限に抑えるためにゼロ電流スイッチング(ZCS)やゼロ電圧スイッチング(ZVS)などの高度な制御手法が使用されます。
QRコンバータは、このトポロジの費用対効果が高いため、低電力(ピーク電力2W以下)のIH調理器アプリケーションでよく使用されています。
ソーラーインバータとUPS
高速スイッチングを必要とするアプリケーションでハーフブリッジトポロジを使用する時は、以下のような多くの課題があります。
- 出力電圧が2つしかない
- スイッチング損失が大きくなる可能性がある
- ゲートを駆動するのが困難な場合がある
- 部品のストレスが信頼性に影響する
- リップル電流とEMIが増加するため大きなフィルタリングが必要
- HV DCバスと互換性がない
- 熱設計が容易ではない
最新のアプリケーションでは、UPSやソーラー発電(PV)インバータなどの主要アプリケーションでHBトポロジの置き換えが進んでいます。I型やT型と呼ばれる3レベルのトポロジが主流になりつつあります。
能動部品に印加される電圧を低減した場合、損失が減少、高調波歪みが減少、小型部品が使用可能になるなど、改善の余地がある領域が数多く存在します。最も重要なことは、これらのトポロジはスイッチング損失を大幅に低減することができ、16kHz~40kHzの高周波でスイッチングしながら、98%もの高い効率を達成できることです。
将来への期待
IGBTを「レガシー」技術と見る向きもありますが、IGBTはハイパワー(高電圧/高電流)アプリケーションにおいて、貴重な役割を果たしています。IGBT技術は、Vcesat値が1Vに近づき、構造が改善されて密度が向上し、損失が減少するなど、絶えず進歩を続けています。
IGBTを使用する場合、設計者はこれまでと同様にアプリケーションのニーズを十分に理解し、最良の結果と性能を保証するために適切なトポロジを選択する必要があります。
本記事はPower Systems Designに掲載されたonsemiの寄稿記事「All You Need to Know About Using IGBTs」を邦訳・改編したものとなります
著者プロフィール
Jinchang Zhouonsemi
Product Line Manager