自民党を揺るがし続けた派閥の政治資金規正法違反事件で、党紀委員会が関係議員らの処分を決めた。党執行部は離党勧告などの「厳しい処分」を科して事態の収束を図ったが、複雑な波紋が広がるばかり。幕引きには程遠く、後半国会も「政治とカネ」を巡る与野党攻防が激しくなりそうだ。今国会には日本の進路を左右する重要法案が提出されているものの、議論は深まっていない。支持率低迷が続く首相・岸田文雄にとって決意と覚悟をもった舵取りが必要となる。
【政界】混迷が続く「政治とカネ」問題の潮目は変わらず 信頼回復と覚悟を問われる岸田首相
広がる波紋
首相の岸田文雄は4月4日夜、派閥の政治資金パーティーを巡る「裏金問題」で、党紀委員会が安倍派(清和政策研究会)と二階派(志帥会)の議員ら39人の処分を決定したことを受け、「国民の皆様から多くの疑念を招き、深刻な政治不信を引き起こす結果となったことは、自民党総裁として心からお詫びを申し上げる」と陳謝した。
ただ、岸田自身は会長を務めていた岸田派(宏池会)の元会計責任者が略式起訴されたにもかかわらず、処分されていない。受け止めを記者団に問われた岸田は、個人として政治資金収支報告書の修正がなかったことや、岸田派の不記載は安倍派や二階派と内容が異なっていることなどを理由に挙げながら、「今後、私自身が先頭に立って党内のガバナンス改革に努力をしていくと共に、政治資金規正法の改正などによって再発防止、政治改革に全力で取り組むことが党総裁としての責任であると考える」と強調した。
そして、こう続けた。「政治改革に向けた取り組みの進捗とか、取り組みぶりなどをご覧いただいた上で、最終的には国民の皆さん、党員の皆さんにご判断をいただく」
39人の処分を巡っては党内に批判が起きた。特に処分議員が多かった安倍派の不満は根強い。事務総長経験者でも、元文部科学相・下村博文と前経済産業相・西村康稔は党員資格停止1年だったが、前国会対策委員長・高木毅が党員資格停止6カ月で、前官房長官・松野博一は役職停止1年と、処分内容が違ったからだ。「どんな事実に基づく処分なのか不透明で、基準も曖昧だ。党を分断するつもりなのだろう」といった声が聞かれた。
さらに波紋を広げたのが、岸田の「国民に判断いただく」発言だった。批判が渦巻く中での発言は「局面打開のために6月末の衆院解散・総選挙を狙っている」「まだ9月の自民党総裁選で再選する道を探っている」といった憶測を呼んだ。「今国会で『政治とカネ』問題の再発防止策が明確に示せれば、衆院解散の環境は整う」と分析する向きもある。
遠い信頼回復
野党側も攻勢を強めている。国民の厳しい視線が自民党に向けられているうちに衆院解散・総選挙になれば、優位に戦えるという算段が見え隠れする。「政治とカネ」問題への追及の手を緩めず、内閣不信任決議案の提出も視野に入れながら、今国会での衆院解散に追い込みたい考えだ。
「首相は個人としても、派閥のトップとしても、自民党総裁としても処分ゼロだ。そんな総裁に何も期待するものはない。だからこそ国民の皆さんと共に総理に処分を下すしかない。これが4月の衆院補欠選挙であり、次期総選挙である」。立憲民主党代表の泉健太は4月5日の記者会見で岸田を挑発し、早期の衆院解散を促した。
国民民主党幹事長の榛葉賀津也も会見で「真相究明がされないままの処分は普通ではあり得ない。その責任を選挙で国民が判断するなんて、そんなずるい発言はない。真相を明らかにすることこそが総裁の最も重要な責任だ」と批判している。野党からは「国民に判断してもらうなら早く解散・総選挙で信を問うべきだ」との声があがる。
岸田ら党執行部は39人の処分で「裏金問題」の幕引きを図りたかったが、問題の真相解明にはほど遠く、収束しそうにない。低迷する内閣支持率が反転する気配もなく、岸田の政権運営は難しさを増す。
ただ、自民党内にも「岸田降ろし」を主導しようとする議員も見当たらない。「この状況で衆院解散はできっこない。最大のケジメは首相が責任を取って辞めることだ」。与党内には動揺が広がる。
そうした中で、岸田は4月6日、熊本市で開かれた自民党の「政治刷新車座対話」に出席した。車座対話は、再発防止と信頼回復につなげるため、党幹部が全国各地の地方組織から直接意見を聞く会合で、3月下旬からスタートさせた。岸田は熊本市での会合後、こう強調した。
「信頼回復のために努力をすることと合わせて、いま国民の皆さんが期待している様々な政策や課題についても真摯に取り組み、結果を出す努力を行っていく。共に進めていくことが重要であると強く感じた」
岸田はこれまでも「日本が直面する難局を乗り越え、我が国の未来を切り拓くための政策を1つひとつ果断に、丁寧に実行していく」「先送りできない課題に正面から愚直に挑戦し、1つひとつ答えを出していく」と主張してきた。それだけに、自身の処分を封印させ、政権運営を続けることを選んだ以上、後半国会での舵取りが注目される。
空白の3カ月
前半国会は「政治とカネ」問題の攻防が展開され、2025年度予算の議論は深まらなかった。自民党が3月中の開催を目指していた衆院憲法審査会はずれ込み、改憲論議も停滞。「空白の3カ月」とさえ言われている。
今国会には岸田政権の看板政策を実現させるための法案が提出されている。「異次元の少子化対策」の裏付けとなる子ども・子育て支援法改正案もその1つだ。
改正案は、児童手当や育児休業給付を拡充し、その財源を確保するため「支援金制度」を創設することなどが盛り込まれている。政府は、支援金を公的医療保険に上乗せして国民や企業から徴収することにし、26年度から段階的に運用を始めることを目指している。
ただ、こども政策担当相の加藤鮎子は法案審議で、徴収額について「1000円を超える方がいる可能性はある」などと曖昧な答弁を繰り返した。物価高が家計を直撃する中で、新たな負担を強いる発言は極力避けたいとの思いがつきまとった。
こども家庭庁が被保険者1人当たりの負担額を明らかにしたのは4月9日になってからだ。28年度で年収が600万円の人の場合は月額1000円の負担となり、年収800万円の人は1350円になるという。
岸田政権は「少子化は我が国の最大の危機であり、2030年代に入るまでが少子化傾向を反転させるラストチャンスだ」などと主張してきた。負担増を強いてでも人口減少に歯止めをかけ、活力ある少子化社会を実現させる─。そうした覚悟と説得力のある言葉が必要になる。
また、後半国会では、政府が閣議決定した次期戦闘機の第三国への輸出解禁を巡っても、論戦が激しくなりそうだ。政府は輸出する際は、①個別案件ごとに審査した上で閣議決定する②輸出は次期戦闘機に絞る③輸出先を防衛装備品・技術移転協定締結国に限定する─ことなどの「歯止め」をかけることにしている。
それでも野党側は「憲法の平和主義に基づく理念を転換することについて国会に何の報告もない」などと反発を強めている。政府の歯止め策の実効性を疑問視する声もある。このため、英国・イタリアとの戦闘機共同開発の司令塔となる機関を設置する条約案の審議が焦点となる。
さらに、経済安全保障上の重要情報へのアクセスを国が信頼性を確認した人に限定する「セキュリティークリアランス(適正評価)制度」を創設する法案の審議も進む。離婚後の父母双方に「共同親権」を認める民法改正案などもある。改憲議論だけでなく、安定的な皇位継承問題を巡る議論も進んでいない。
いずれも日本の未来像を形づくり、国民生活に大きく影響する重要なテーマばかり。岸田が先頭に立って真正面から取り組むべきものといえる。
ただ、岸田内閣には国民の冷ややかな視線が向けられており、支持率は低迷したままだ。重要な政策テーマを前進させる体力が残っているのだろうか。その試金石となるのが、「政治とカネ」問題の再発防止に向けた政治資金規正法の改正となる。
岸田は規正法改正について「今国会で結果を出さなければならない」と強調しており、自民党幹事長の茂木敏充も「今国会で成立を期したい」と語る。政治資金の透明化や政治家本人の厳格な責任体制の確立などが柱となる具体案のとりまとめを急いでいる。
しかし、攻勢を強めている野党側との一致点を見いだせるかは不透明だ。規正法改正が実現できなければ、6月の会期末に衆院解散・総選挙に打って出るどころか、重要法案の成立も暗礁に乗り上げることになりかねず、岸田の政権運営は立ち行かなくなる。
問われる本気度
国外に目を向ければ、ロシアによるウクライナ侵略の戦闘が続いており、「ウクライナは明日の東アジアかもしれない」という岸田の発言が現実味を帯びている。中国は覇権主義的な海洋進出を強め、北朝鮮も国際社会の警告を無視して核・ミサイル開発をやめない。
岸田は日本時間の4月10日深夜から、訪問した米国のバイデン大統領とワシントンのホワイトハウスで会談し、自衛隊と米軍の連携強化を含む安全保障分野での協力や、人工知能(AI)や半導体など、経済分野など幅広い分野での連携を確認した。岸田は会談後の共同記者会見で「国際社会は歴史的な転換点にある」と指摘し、「深刻な現下の国際情勢において日米が一層緊密に連携していくことで一致した」と強調した。
まさに内憂外患の厳しい状況の中で、良好関係にある米国訪問で成果をアピールし、政権浮揚につなげる狙いもある。これ以上の「空白」は許されない。
野党勢も衆院解散・総選挙が目の前にチラつき、自民党にダメージを与えることに終始すれば、国会論戦は深まらない。国益を考えた論戦を挑むべきだろう。
もちろん、これまでの「空白の3カ月」を許してしまった責任は岸田政権、与党・自民党が負うものといえる。今国会の会期末まで残り2カ月。国民の政治不信とどう向き合うか。国家像を決定づける政策課題の実現のため、どう説得力をもった発信をするか。岸田と自民党の本気度が問われる。(敬称略)