東北大学と日本原子力研究開発機構(JAEA)は4月23日、原子が三角形を組み合わせた「カゴメ格子」と呼ばれる構造で配列し、隣接した原子が持つスピンが120度ずつずれた形で配向している「カイラル反強磁性体」にて、印加磁場に追随して変化する特異な電気伝導信号を実験で捉え、理論モデルの解析により、これが磁場で制御された「量子計量」に由来することを突き止めたと共同で発表した。

同成果は、東北大 材料科学高等研究所のハン・ジャーハオ助教、東北大 電気通信研究所の同・内村友宏大学院生、同・深見俊輔教授、同・大野英男教授、JAEA 原子力科学研究所 先端基礎研究センターの荒木康史研究副主幹、JAEA スピン-エネルギー科学研究グループの家田淳一グループリーダーらの共同研究チームによるもの。詳細は、「Nature Physics」に掲載された。

  • 今回の研究成果の概念図

    今回の研究成果の概念図。電子の量子状態の構造「量子計量」(右上)は、強く重力の働く宇宙空間(右下)と類似した構造を持つ。今回の研究では、「電子の宇宙」に相当する量子計量を、磁場をかけ、カイラル反強磁性体のスピンの構造を介することにより、制御することに成功した(左)(出所:東北大プレスリリースPDF)

物質中の電気伝導を理解するには、その担い手である個々の電子の挙動に注目する必要があり、そこで重要となるのが量子力学となる。量子力学において電子の挙動は、その量子状態に対応する波動関数の構造で記述される。この波動関数に特異な構造(ねじれている、ひずみがあるなど)があれば、電子の経路が曲げられ、電圧が電流と異なる方向に応答する、電圧と電流が比例しないなど、オームの法則を超越した(非オーム的な)電気伝導が現れることが理論的に予言されている。つまり、このような電気伝導特性の利用に向けては、適切な量子状態の構造を持つ物質の選択・設計、制御手法の確立が重要となる。

量子計量は、量子状態の構造を特徴づける基礎となる概念で、一般相対性理論の根幹をなす概念「計量」に類似した数学的構造を持つことからその名がつけられた。計量はブラックホールなどの強い重力が支配する宇宙の構造を表すもので、それにより光や天体の経路が曲げられることが観測により確かめられている。この類推で、電子の経路を変化させて非オーム的な電気伝導を創出するためには、「電子の宇宙」ともいえる量子計量の効果を測定し、さらにその形を制御する必要があるという。

  • 今回用いられた測定用デバイスの図

    今回用いられた測定用デバイスの図。十字形の試料(ホールバー)に電流を流し、磁場をかけながら、電流と垂直に二乗で発生する電圧信号(非線形ホール電圧)が検出された(左)。試料として、スピンが三角形状の配向(右下)を持つ、カイラル反強磁性体Mn3Snの積層薄膜(中央)が用いられた(Mn3Snの上層に白金が形成されている)(出所:東北大プレスリリースPDF)

しかし、物質中での量子計量を実験的に制御することはこれまで非常に困難だったという。その理由は、量子計量のもととなる量子状態の構造は、物質の結晶構造や化学組成などで決まり、基本的に物質固有であるためだ(2023年に海外で、極低温かつ高磁場にて、量子計量を磁気的に変調した実験結果が報告された)。特にデバイス応用の観点からは、量子計量を室温で低磁場にて制御することが求められるものの、そのような報告例は今までなかったという。そこで研究チームは今回、キラル反強磁性体のマンガン・スズ合金「Mn3Sn」と、白金の積層薄膜において、電子の量子計量を室温で低磁場による制御を試みることにしたとする。

Mn3Snは、個々の原子のスピンが三角形状に配位した構造を持つ。同物質を白金と積層し外部から磁場を印加することにより、スピンの構造は印加磁場の方向に追随して変化する。今回の研究では、同物質の積層薄膜において、非オーム的な電気伝導の一種である「非線形ホール効果」の信号を、実験的に捉えることに成功したという。同効果は、電圧が電流に対して垂直方向に発生し、さらにその強さが電流の「2乗」に比例するというものであり、高周波信号の制御など、電子デバイス設計に際しても重視されている現象だ。特に同信号は磁場の方向に追随して変化し、室温(約30℃)近傍で強く現れることが発見された。

  • 今回検出された非線形ホール効果の電圧信号の挙動

    今回検出された非線形ホール効果の電圧信号の挙動。温度を変化させていくと、室温(30℃≒絶対温度300K付近)で大きな信号が検出された(左)。また、磁場の方向に伴って、電圧信号も変化したという。この挙動は、量子計量の効果として試算した理論値と良く一致した(右)(出所:東北大プレスリリースPDF)

次に、理論モデルを用いた計算が行われ、測定された非線形ホール効果が電子の量子計量を起源として現れたことが判明。具体的には、磁場方向や温度を変えることでMn3Snと白金の界面のスピンの構造が変化し、それに伴って電子の波動関数に内在する量子計量が変化すると考えることでのみ、矛盾なく実験結果を説明できるという。実際に、この量子計量に基づき理論的に試算される非線形ホール効果が、今回実験で測定された非線形ホール効果の信号と一致した磁場依存性を示すことが確認されたとする。

これらの実験と理論の対照により、今回の研究ではMn3Snのようなキラル反強磁性体のスピン構造を介することにより、室温にて低磁場による量子計量の制御に成功したことが結論付けられた。

今回の研究で確立された量子計量の室温制御スキームは、今まで探索が進んでいなかった量子計量の効果に対する実験的解明の一歩目と位置付けられるものだという。今回得られた知見は、整流装置や検出器など、非オーム伝導を活用した新規デバイスに向けた、物質およびデバイス設計の一助となることが期待されるとする。また、実験によって得られた知見を理論研究でさらに解析することにより、量子計量の数理物理的側面からの理解にもつながることが期待されるとしている。