広島大学、慶應義塾大学(慶大)、日本大学(日大)の3者は4月24日、超高密度天体の中性子星の自転速度が突発的に加速する「グリッチ」の仕組みが不明だったが、同天体内部の2つの異なる種類の「量子流体(超流動体)」が導く「量子渦」が巨大なネットワークを形成することを見出し、その形成規模をシミュレーションした結果、モデルの詳細によらずに、天文学で観測されているグリッチの統計性を説明することに成功したと共同で発表した。
同成果は、日大 文理学部のGiacomo Marmorini ポスドク研究員、広島大 持続可能性に寄与するキラルノット超物質国際研究所の安井繁宏ポスドク(現・二松学舎大学 国際政治経済学部・准教授)、同・新田宗土特任教授(慶大 日吉物理学教室 教授/自然科学研究教育センター 所員兼任)らの共同研究チームによるもの。詳細は、英オンライン総合学術誌「Scientific Reports」に掲載された。
通常、天体の自転速度はほかの天体の衝突でも受けない限り、急激に変化するようなことはない。ところが、中性子星は通常は自転速度が徐々に減速しているが、ある日突然、急加速することがある。これまで、グリッチは多くの観測によって報告されているが、その起源は依然として不明のままとなっている。
グリッチの重要な特徴の1つが、統計性として「スケーリング則」を持つ点だという。スケーリング則とは、フラクタルが代表的だが、階層性と構造安定性を兼ね備えた複雑系に広く見られる現象で、平均値のような明確な尺度を持たないことが大きな特徴である。
これまでの研究から、エネルギーEを持つグリッチの確率的な分布は、スケーリング則「P(E)≈E^(-α)」に従うことが明らかにされている。最新の観測データを含めて研究チームが再解析したところ、スケーリング則の指数はα≈0.88±0.03と算出されたが、これは実は説明困難な悩ましい値だという。そこで今回の研究では、その謎を解明するため、中性子星内部の性質として量子流体による量子渦に注目することにしたとする。
量子流体は、一定の流速以下なら液体の粘性抵抗が消失する現象を示す物質のことで、超流動現象を起こす極低温のヘリウムが有名だ。量子渦は、その量子流体が回転することによって生じる紐状の(一次元的な)欠陥のことである。
量子渦は水中にできる渦と同様の構造を持つが、「トポロジー」の性質を持つため、いつまでも壊れずに安定して存在し続けることが特徴だ。中性子星内部では、10の19乗(1000京)本という莫大な数の量子渦が1つの回転方向に揃って並んでおり、しかも隣の渦との間隔は1マイクロメートルという高密度で詰まっているという。
通常の中性子は、物質を構成するフェルミ粒子(フェルミオン)の仲間だが、2つの中性子が対を組むと、力を媒介するボーズ粒子(ボソン)となる。その結果、フェルミ粒子とは異なって「パウリの排他律」に縛られなくなり、中性子は量子流体となる。その際、「S波対」と「P波対」という2種類の組み方があり、中性子星内部の外側(クラスト)では前者、内側(コア)では後者という二重構造が形成されていると考えられている。今回の研究では、S波対は1本の量子渦(整数渦)を、P波対は2本の量子渦(半整数渦)をそれぞれ作るという、2つの異なる性質に着目し、それぞれの量子渦が複雑に絡み合うことが見出されたとした。
クラストからコアへ向かう場合は、S波対の1本の整数渦からP波対の2本の半整数渦に別れる(このような構造は「ブージャム」と呼ばれる)。反対にコアからクラストへ向かう場合は、2本の半整数渦が1本に合体することになるが、多量の量子渦が存在するため、ほかの2本の半整数渦の一方とくっつく場合がある。そのため、量子渦は隣同士で絡み合った状態になるのである。
今回の研究では、そのような考えに基づき、中性子星全体において複雑で巨大な量子渦のネットワークが形成されるという仮説が立てられた。その巨大ネットワークの回転の勢いがコアからクラストへ突如移行することで、中性子星の自転が急加速し、つまりグリッチが起こると結論付けたとする。
最後に、量子渦のネットワークの分布について、シミュレーションが行われた。すると、スケーリング則が発見され、しかもその指数はα≈0.8±0.2だったという。これは、上述した観測データから算出されたα≈0.88±0.03に非常に近い値だ。このように、量子渦による巨大ネットワークは中性子星のグリッチを自然に再現することが示されたとした。
今回の研究成果に対して研究チームは、量子と天体という、大きさのまったく異なる2つの世界が、トポロジーを通して見ると表裏一体であるという考えは、今後の自然観に対する新たな基盤になるかも知れないとしている。