東京大学(東大)は4月24日、北海道南部から九州にかけての日本全国の沿岸部に分布する「ヤリイカ」の雄には2種類の繁殖戦術があり、そのどちらにするのかは、その個体が孵化した日によって決まることを明らかにしたと発表した。
同成果は、東大大学院 農学生命科学研究科の細野将汰大学院生(日本学術振興会特別研究員)、東大 大気海洋研究所(AORI)の岩田容子准教授、同・河村知彦教授、宮城県水産技術総合センターの増田義男 副主任研究員、水産研究・教育機構 水産資源研究所の時岡駿研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、英国王立協会の刊行する生物学に関する全般を扱う学術誌「Proceedings of the Royal Society B」に掲載された。
ほ乳類や鳥類、魚類、昆虫など、幅広い分類群のさまざまな種で観察される「代替繁殖戦術」は、同種同性内に形態や行動、生理、生活史の多型を伴う複数の繁殖戦術が見られる現象のことだ。それぞれの個体がどちらの繁殖戦術を採るのか、という繁殖戦術決定メカニズムを解明することは、種内多型がどのように進化し、集団中に維持されているのかを理解する上で不可欠だという。
2つの繁殖戦術がある場合、その個体がどちらを選択するのかは、誕生日の影響によって決定されるとするのが「誕生日仮説」。繁殖期が長く、その期間に環境条件の季節変化を経験するような種では、誕生日によって、生まれてから次の繁殖期までの成長期間や、生まれた直後の成長条件が個体間で異なることが考えられるとする。そして、このような違いは繁殖開始時の成熟サイズ、ひいては繁殖戦術に影響する可能性が推測されるが、実証されたのはこれまで魚類のみで、それも3例ほどだったという。
ヤリイカの雄は、2つの繁殖戦術を持つ生物で、1つは、ライバルの雄と戦って雌を獲得してペアとなって繁殖する大型の「ペア雄」タイプで、もう1つは、闘争を避けペアに割り込み繁殖する小型の「スニーカー雄」タイプである。ヤリイカの寿命は1年しかなく、1回の繁殖期が終わると死亡する種であり、雄の繁殖戦術は一度決まると繁殖期の途中では変更されることはないと考えられている。
そこで研究チームは今回、イカ類が頭部に一対持つ「平衡(へいこう)石」を用いてペア雄とスニーカー雄それぞれの孵化日を調べることにより、誕生日仮説の検証を行うことにしたという。平衡石は、炭酸カルシウムを主成分とした硬組織であり、木の年輪のように1日1本の成長輪紋(日輪)が形成されることから、その本数を数えることで、採集時の日齢、ひいては孵化日を調べることが可能だ。
検証の結果、ペア雄は早生まれ、スニーカー雄は遅生まれであることが判明したという。また、平衡石径を用いた「バックカリキュレーション法」により、各個体の成長履歴が調べられた。同手法は、平衡石の大きさと体サイズとの関係式を用いて、何日齢の時点でどれだけの体サイズだったかを推定する手法であり、各個体の過去の成長を推定することが可能だ。調査の結果、生まれた時期が異なっても100日齢までの成長には差がなく、成熟期に繁殖戦術間で見られる体サイズの大きな違いは、100日以降に生じていることが解明された。
これらの結果から、生活史初期の成長の良し悪しではなく、孵化日に由来する何らかの環境条件が繁殖戦術を決定していることが考えられるとした。しかし、それがどのような環境要因なのかは今回の研究ではわからなかったため、研究チームはそれを明らかにすることが今後の課題としている。