物質・材料研究機構(NIMS)と高輝度光科学研究センター(JASRI)の両者は4月19日、ガラスが部分的に結晶化し、強度や耐熱性が向上した「ガラスセラミックス」材料に変化する初期過程を観測することに成功したと共同で発表した。
さらに、放射光計測を中心としたX線マルチスケール構造解析の結果に基づき、ガラス中に結晶の核が生成するメカニズムを原子レベルからナノメートルの空間スケールで矛盾なく説明できるモデルを提案したことも併せて発表された。
同成果は、NIMS マテリアル基盤研究センターの小野寺陽平主任研究員、同・小原真司グループリーダー、AGCの滝本康幸マネージャー、同・土屋博之マネージャー、同・李清マネージャー、JASRIの田尻寛男主幹研究員、同・伊奈稔哲研究員らの共同研究チームによるもの。詳細は、英科学誌「Nature」系の材料科学全般を扱う学術誌「npg Asia Materials」に掲載された。
組成を制御して合成されたガラスを適切な条件で熱処理すると、ガラス中に微細な結晶粒子を析出させたガラスセラミックス材料を得ることが可能。同材料はガラス特有の透明性や絶縁性などの性質を有したまま、割れにくく、急激な温度変化にも強いというガラスの弱点を補う特性を示すようになり、さまざまな場面で活用されるようになっている。
その機能の発現には、ガラスの母相中に析出した数nmの微細な結晶粒子が重要な役割を果たす。微量の核形成剤を添加することで、核形成剤由来の結晶粒子を効率よく生成でき、ガラスセラミックス合成においては一般的な手法となっている。同材料については、ガラス中に結晶粒子が出現し始める結晶核形成の初期過程の観測、特に、乱れた構造中の最近接原子間距離を超えたスケールに形成される中距離構造の観測はこれまで行われていなかったという。そこで研究チームは今回、核形成剤として微量の「酸化ジルコニウム」(ZrO2)を添加した「アルミノケイ酸塩ガラス」を原料とし、その熱処理によって結晶化度を制御して合成したガラスセラミックス試料の構造変化を実験的に調べることにしたとする。
まず、熱処理前のガラスと、結晶化の初期過程にあるガラスセラミックスのX線異常散乱データが比較された。すると、広い空間スケールでZrに関連する構造が変化していることが示唆された。特に、Zr周囲の中距離構造が実空間で解析されたところ、同元素は酸素を介してガラスの骨格構造を形成しているシリコン(Si)やアルミニウム(Al)と結合を形成していることが判明。このZr-O-Si/Al結合は、Zrを中心とした多面体とSiまたはAlを中心とした四面体の稜(りょう)を共有している。一般的なガラスには見られない構造である、このような稜共有構造がガラスの熱処理によって増加していくことが、今回、X線異常散乱法によって初めて観測された。
研究チームは今回、ガラス中に結晶核が生成するメカニズムを説明できるモデルを原子レベルとnmの空間スケールで提案することにしたという。nmスケールにおいては、熱処理前のガラスですでにZrが豊富に存在する領域とそうではない領域の分離が起こっており、熱処理によってその傾向がさらに進行すること、結晶粒子の析出は同元素が豊富な領域で起こっていることが示された。
一方で、最近接原子間距離から中距離の空間スケールにおいては、Zrが豊富な領域において、熱処理によって同元素の凝集が起こり、nmサイズのZrO2結晶格子に類似した周期的な構造が形成されることが明らかにされた。さらに、同元素が凝集した領域の周囲は、SiやAlによるガラスの骨格を形成するネットワーク構造によって囲まれており、そのような構造がガラスセラミックス形成における初期の結晶核となることが示されたとした。提案された構造変化のモデルは、今回の研究で実施されたすべての構造計測データを説明できるだけでなく、先行研究においてほかの手法で実施されたnmスケール構造計測や、ガラスにおける結晶核形成の理論研究の結果とも矛盾しないものとなっているとする。
今回の研究成果により、これまで観測が困難だった、乱れた原子配列の中に秩序が生まれる過程が解明された。広く研究されてきたガラスセラミックスの研究分野において、既報の研究結果とも矛盾なくガラス中に結晶核が生成するメカニズムについて新しい知見を提供するものとする。
また、今回の研究で実施された構造解析アプローチは、複雑な組成と乱れた原子配列を有する実用材料中の特定元素周囲の構造観測にも適用可能だという。今回確立された元素選択的な計測を中心としたマルチスケール構造解析法によって、今後、さまざまな実用材料の構造と物性の関係性の理解が進み、新しい高機能材料の合成がより活性化することが期待されるとしている。