日本経済にとって最大の懸案は、働き手の購買力ともいえる「実質賃金」の前年割れが続いていることだ。実質賃金指数は直近の2024年1月まで22カ月連続で前年比マイナスとなっている。物価上昇率は低下傾向にあるものの引き続き高水準にあり、名目賃金上昇率がこれに追いついていない。
しかしながら、足下では、劇的な変化の兆しが生じている。
24年の春闘の第2回回答の集計結果(連合)は賃上げ率が平均5.25%と33年ぶりの高水準に達している。3月19日に、日本銀行はマイナス金利政策を解除すると共に、長短金利操作(イールドカーブ・コントロール)や、上場投資信託(ETF)などのリスク資産の買い入れの終了を決定した。
3月27日に、植田日銀総裁は国会において、実質賃金について「伸び率はしだいにプラスに転換し、人々の生活実感も改善していく」との見方を示した。
以前から、筆者は、物価上昇率が低下する中で名目賃金上昇率が大幅に高まることから、24年7~9月期には実質賃金が前年比でプラスに転じると予想してきた。足下で、このシナリオの実現性は急速に高まっている。
わが国において、物価高に賃金が追いつかないことを主因に実質賃金が前年比で明確なマイナスになったケースは1990年代以降で3回あった(消費増税による物価上昇局面を含む)。これらの局面では、物価上昇率のピークから5~10四半期後に名目賃金上昇率が物価上昇率を上回り、実質賃金がプラスに転換した。
今回の物価上昇率のピークは22年10~12月期であったことから、過去のパターンを機械的に当てはめると、実質賃金の前年比プラス転換は24年1~3月期から25年4~6月期の間と見込まれ、平均的には24年後半頃になる。
勿論、今後継続的な賃上げを実現するためには、労働生産性を引き上げることが喫緊の課題となる。
そのためには、①人的資本を中心とする無形資産投資を促進して、労働者の「エンプロイアビリティ(雇用され得る能力)」を向上、②グリーン化、デジタル化、規制改革などを通じて、企業の成長期待を高める、③企業の新陳代謝を促す、④「失業なき労働移動」を進めて、経営者が好況期に社員の賃金を安心して引き上げられる環境を整備、⑤外国人高度人材の活用や女性のさらなる活躍を推進して、ダイバーシティ(多様性)を高め、イノベーション(技術革新)を起きやすくする、⑥デジタル化や組織のフラット化などを進めて、企業や政府の業務効率を改善、⑦コーポレート・ガバナンス(企業統治)を強化、といった、わが国の労働生産性引き上げに向けた多面的な施策を、同時並行的に講じる必要があるだろう。