情報通信研究機構(NICT)、東京大学(東大)、ソニーコンピュータサイエンス研究所(ソニーCSL)、次世代宇宙システム技術研究組合(NESTRA)、スカパーJSATの5者は4月18日、低軌道上の国際宇宙ステーション(ISS)から地上の可搬型光地上局への光通信により、1回の上空通過で100万ビット以上の秘密鍵を共有し、ISSと地上局とでの情報理論的に安全な通信の実証に成功したことを共同で発表した。
同成果は、NICT 量子ICT協創センターの 藤原幹生上席研究員、東大大学院 工学系研究科 附属光量子科学研究センターの小芦雅斗教授、NESTRAの森田皓子氏、ソニーCSL、スカパーJSATらの共同研究チームによるもの。
量子コンピュータがこのまま性能向上を続けると、現在の暗号技術は解読されてしまう危険性が高まる。そのため、世界的な喫緊の課題として、現在、いかなる方式のコンピュータがどれだけ高性能化しても解読不可能な暗号技術の開発が進められている。
NICTが、情報理論的に安全な鍵共有・秘匿通信を可能とする技術として開発しているのが、量子鍵配送(QKD)・量子暗号通信。QKDとは、通信を行う二者間でのセキュア通信を保証するため、量子力学を用いてランダムな暗号鍵を共有する手法だ。そして量子暗号とは、光子を使って暗号鍵共有を行うQKD装置と、その暗号鍵を使い、ワンタイムパッド(OTP)方式により、情報の暗号化・復号を行う暗号技術のことで、どのようなコンピュータでも原理的に解読は不能である。
現在、地上光ファイバー網における量子暗号通信のさらなる高速化・長距離化のための研究開発が進められているが、量子鍵配送をグローバル規模に拡大するには、数千kmにわたる量子暗号通信を行う必要があった。しかし、地上の光ファイバー網では、通信路の途中で中継する量子中継技術の発展を待たねばならない状況だったとする。
それに対し、地上での中継が不要な、衛星を用いた量子鍵配送の可能性も模索され、2017年には中国で衛星量子鍵配送の実験が成功している。これを機に世界各国で衛星量子暗号技術の開発が進められたが、共有される鍵の量が限られ、また大型の地上局が必要など、その実用には課題が残っていたという。そこで今回の実験では、低軌道高秘匿光通信装置「SeCRETS(シークレッツ)」を開発してISSの日本実験棟きぼう船外実験プラットフォームに搭載し、地上との間で実験を行うことにしたとする。
実験では、SeCRETSから10GHzクロックで乱数データ(鍵データ)を変調した信号光が地上に向けて発射され、東京都小金井市のNICT本部に設置された可搬型(車載)光地上局の直径35cm反射型望遠鏡で信号光を受信することに成功したとする。
そして、信号の盗聴者への情報漏えい量を無限小とするため、この受信した乱数データをISSと地上局の間で「鍵蒸留処理」をすることで、1回の上空通過で100万ビット以上の安全な暗号鍵の生成に成功したという。なお鍵蒸留処理とは、送信側と受信側で共有した鍵データの誤りを訂正する機能、および盗聴者に漏れた情報量を除去する秘匿性増強処理を合わせたプロセスのことである。
さらに、この蒸留処理した暗号鍵を用いて、軌道上にある画像データをOTP暗号化してISSからの電波による通信を通じて地上に送信し、復号することでこの画像データを取得することにも成功したとする。
今回開発されたSeCRETSは、そのほとんどの部分が民生部品で構成されているが、過酷な低軌道での利用を想定した耐真空環境、耐放射線被曝に関する試験も実施済みで、問題なく動作することも確認されている。また、光学系望遠鏡をトラックに搭載することで可搬型の光地上局が構成され、なおかつ、高速変調した信号の受信のための極めて微細な調整が可能な追尾システムも導入済みだという。
これらの開発により、衛星搭載用暗号装置の低コスト化や、開発期間短縮の可能性が高められ、可用性の高い可搬型光地上局を用いた高速光通信を実証することができ、衛星量子暗号通信の社会実装に向けて大きな一歩を踏み出したとした。
今回行われた実証研究では、光送信を行う範囲をセキュリティの確保された受信局周辺の区域に限る方式(物理レイヤ暗号)を用いて行われた。今後は、ここで得られた結果の検証を進めることで、暗号装置に組み込む機器などの開発をさらに進め、衛星搭載用の量子鍵配送装置の製作を加速させるとする。
また、量子鍵配送実証に好適な電力系や姿勢制御系を備えた衛星バスシステムの開発を視野に入れた研究・開発を加速させ、実用化への足掛かりとするとしている。さらに、ISS-可搬型光地上局での実験デモをさらに進め、日本独自の衛星量子暗号を実現するための基本データ収集を実施する予定とした。